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母の涙と大晦日
今年は何時もより月日が経つのが早かった
年々短く感じるかもしれないが本当にあっと言う間に過ぎて色々な出来事があった

今日も昨日に引き続いて10時のおむつ替え時間前に母の病院居た
不注意な私の行動で昨日は今年最後のリハビリだったのに母を泣かせて出来なかった
ここ最近母の涙声は何度か目の当たりにしたが
あんなにも涙した母を見たのは随分前で久しぶりだった ごめんね母さん

トイレに連れて行った後直ぐに物療科でリハビリを受けに行った時
リハビリ師不在で時間があったので母に冬音の画像を見せたのが事の始まりだった
愛らしい赤子のあくび姿を見て母の顔が歪んできた
一瞬感動しているのかと思ったら「嬉しくないよ」と涙を流し始めた
初めて冬音の顔を見せたわけではない私にとって母の涙は不可解だった
暫くして昔の自分の姿を見た思いがした

患者にとって見舞い客の思わぬ一言で傷付く事がある
我が身も経験したはずなのに私は冬音の誕生で浮かれ過ぎその気持ちを忘れてしまった
「頑張ってね」これは日本語特有な言葉で英語にあてはまる言葉はない
言う本人も無理をしないでね。。。でも頑張ってね 決まり文句で大意はないけれど
その表現しか激励する事が出来ない。。十分分かっているがその言葉で傷付く
患者は精神状態が普通ではない時がある事を覚えていて欲しい
優しさや励ましで言っているつもりでも健常者から言われる言葉で傷付けられる事がある
「これ以上まだ頑張れと言うのか じゃあお前が頑張ってみろ!」顔は笑顔で心でそう呟く

冬音の画像を見た時、母は自分だけ遠くに居る思いをしたのだと思う
外の世界は皆が幸せ一杯で。。。でも自分はここの世界に取り残されている 
勿論母がそう言ったわけではない
これは私が5年前の入院生活で味わった自分の思いを母に重ねた 
精神的病み人特有な思いだ 
どんなになだめてもどんなに母を抱きしめても元には戻らなかった
うつむいたまま微動だしない
OさんもIさんも心配してくれたけれどリハビリはあきらめて談話室に向かった

幸いにして認知症の母は時間さえ経てばその辛い気持ちを忘れる
残酷だけどありがたいと思う 唯、いつもより忘れるには時間がかかった
温水マッサージをしながら私達の過した時間の事を話す
悲しいかな認知症の母はどんなに一緒に居てもその記憶が残っていない
逆に毎日こうして来なくても同じ事なんだろう それが私にとっては辛い
でも止める事が出来ない それはその時その一瞬を喜ぶ母の顔を知っているから。。。
確実に在宅介護をしている時よりずっと母と居る時間が長くなった
皮肉にも母さんが元気だった頃望んだ願い「YUKIと一緒に暮らしたい」
その願いが今、多少叶った気がする

9時からお昼近くまで母と談話室で過し昼食の膳が運ばれるのを機に病院を出て
東京から帰郷した従姉とランチを済ませてから次女の病院に行こうと思ったが
時計を見て欲が出た 3時のおむつ替えも出来る時間だった
もう一度病院へ戻った 母は昼食時別れた時と同じ談話室に居た

【しゅりごめんね 母さんのわがまま。。。
今日はばあばと居たいから会いに行けなくなったよ
でも明日の退院時には渓くんと迎えに行くからね】
娘からの返事は十分分かりつつの詫びメールを送った
「母さん全然OKだよ」
・・・やっぱりね ありがとう

今年も後1時間を切った 皆様良いお年を。。。
by r-petal | 2006-12-31 23:20
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