<   2007年 05月 ( 13 )   > この月の画像一覧
病院から呼び出し
ここ二日夢見が悪かった 夢騒がし・・・そんな気がした
一昨日は臨時間際の母を我が家に連れてくる夢を見た
そして今朝は迅が出血多量で瀕死の状態だった
一昨日も今朝も私は母と迅をただ抱きながら重い足を引きずって歩いているだけ
これらは一体何を意味するのだろう・・・

そろそろ蚊の媒介季節だ 
かかりつけの獣医に事情を話してフィラリア予防薬だけでも貰って来なければ!

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昏睡状態 経管栄養中止31日目 3階療養病棟55日目 発症から104日目

5月20日(日曜日)
銀婚式記念のすずらんを夫と庭に植える予定だった 
朝食後夫が車の洗車をしている間に化粧をして掃除機をかけていた時だった 

自宅の電話が鳴った、表示番号は母が入院している病院だ 急いで受話器を取った 
「けさよさんの呼吸が浅くなりました 
何時もより早目に病院に来た方が良いと思います」 

報告をくれたのはつい最近互いの母親について語り合ったO看護師だった
夫と出掛ける支度をして病院に向かった 7:45am
車に乗ってから姉に電話を入れた 
父さんには母さんの状態を確認してからでも遅くないだろう

母さんは酸素マスクをしていた 酸素量は1リットル、そう強くない 
直ぐにナースセンターに行きOさんに状態を尋ねた 
詳しい話はK外科医から再び説明があったが
母は明け方、視診からでも分かる位浅い呼吸になったようだ 

「今なら静脈を確保して点滴が出来ますが…」と医師
咄嗟に夫の顔を見た「もうそこまでする必要はないだろう」と言った 

良かった・・・やっと最後に一緒に考えてくれる人が側に居た
『このまま自然でお願いします』医師はうなずいた 
『モニターは付けてもらえるのですか?』
既にその用意は準備されていて私の言葉のすぐ後母さんの胸部に3つのパットが貼られた 

夫が病院の公衆電話から知らせた父がやって来た 
私たちが到着した時は母さんの呼吸もそう心配な様子はなかった 
熱は37度あるのに手足が冷たく紫色だったので
頭と脇そして足の付け根に保冷剤が置かれ
手足には逆の保温剤が置かれていた 

暫くすると熱も36.9度に下がり手足も暖かくなってきたのでそれらを外された 
血圧は80/48 姉さんも到着した 家族が揃った

夫が一旦帰って暫くすると
父さんは母さんが亡くなった後先ず何処に連絡すれば良いかと言い出した 
姉と私は世話になる予定の葬儀屋に出向いて直接聞いてごらんよと言うのだが
何か煮え切らない態度だ 『車は夫が乗って行ったから私は足がないの』と言うと
「俺の車で一緒に行こう」と言い出した、全く… 

姉さんに後を頼んで父の車で葬儀場ヘ 
母さんの入院している病院名と部屋番号、住所など伝えて処理の話を済ませてきた 
連絡順番、先ず葬儀場へ電話(24時間体制) 
その後市役所に電話して(こちらも24時間体制)火葬の日程
それが決まった時点でお寺に電話するらしい

父さんはこれで納得し、私を病院前で下ろして帰って行った 
病室に戻ると従姉が来てくれていた 

11時頃従姉、続いて姉さんも一旦戻って行った 
私も昼近く夫が迎えに来てくれたので自宅に戻り
荷物を揃え昼食を済ませて1時半には病院へ戻った

母さんは静かな呼吸を続けていたが
2時少し過ぎ「ハァハァ」と荒い吐息になったがそれも直ぐ治まった 

2時半姉さんが再び病室に来てくれた 

3時のおむつ替えは馴染みの介護員と無事完了 
股のおむつタダレにアブノールを塗ってくれた
今回はしっかり排尿があった この調子だと夕方から水分補給が出来そうだ

3時半 夫から電話が来た「帰れそうか?」 まだ決められないよ 
出来れば泊まっていきたいけど今まで散々わがまま聞いてもらってきたし…
6時近くまで様子を見て安定しているのなら帰ろうと決めた 

4時の検温37.3度 血圧88/42 熱以外は安定が続いている
5時 朝晩抜いた水分補給が始まった その30分後姉と姪が帰って行った
 
母さん、何とか1日乗り越えたね 
一緒に泊まるつもりだったけれどこの状態なら大丈夫かな?
私も家庭平和の為に帰るよ 明日また早くに来るからどうか今晩は持ちこたえてよ

5時45分病室を出た
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by r-petal | 2007-05-21 05:06 | Comments(0)
医師の言葉
天気は朝から最高だ
銀婚式記念のすずらんをこれから夫と植える
場所は未だ未定・・・
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昏睡状態 経管栄養中止30日目 3階療養病棟54日目 発症から103日目

5月19日(土曜日)
母さん、今日もうれしい報告から
午前中娘たちが居るS病院にお弁当を届けてきたの
翔悟は今日で点滴が外れてこのまま調子が良ければ
冬音共々21日月曜日に退院出来るよ
問題は退院後、娘たちをどうするかって今話し合い中 
長女は腰痛の事を考えてもう暫く家で預かった方が良い様にも思えるし
次女も渓くんの夜勤があるから…
ま、それはもう娘たちと婿殿たちと相談して決めれば良い事で私は静観だね
**********
S病院にて娘たちに会った後夫の実家に向かった 
温泉から帰ってから義母さんは風邪を引いたらしいので外出せず出前を取った 
おばあさんの好きな物を事前に頼んでおいてもらった
出前が届き椀の蓋を開けたらそれは海鮮ちらし寿司だった 

私はどうもこのちらし寿司を見るとつい母さんと最後に過した日を思い出してしまう 
結構な量だった、現に夫でさえご飯を残した 
母さんがあの日食べたちらし寿司はこんな豪勢な具ではなかったけれど
母さんが残さず食べたように私も一粒残さず食べた

2時 病室に着いて母に孫達の退院の話を聞かせた
顔を拭いていると看護師主任が部屋に入ってきた
「医師が話をしたいって、後どれ位居られる?」

昨日の婦長の話から未だ1日しか経っていない 一体どんな話のだろう
K外科医は今手術中だから後1時間はかかるという 
大丈夫だ4時の帰宅時間に十分間に合う
間に合わなければ夫に電話をすれば良い

医師はブルーの手術着のまま部屋に入ってきた 
母さんの様子を一通り診てナースセンターに一緒に来るよう言った

先ず口火に毎日病院に通って世話をしてくれてありがとうと礼を言われた 
この病院では異例な事らしい 
こんな言葉の後は想像が付く母の衰弱は徐々にだが確実に進行しているらしいので 
携帯電話を離さず所持してくれと言った 

母さんのカルテの表紙には
私の自宅の電話番号と携帯番号が書かれた大きなメモ用紙が貼られていた 

部屋に戻って椅子に座ってすぐ従姉が来てくれた
昔、母さんは熱心な在家仏教信者だった
毎月3日の日になるとこの従姉には母さんを講堂に連れて行ってもらっていた・・・
私は実家で仕事をしながら帰りの遅い母さんの代わりに父さんの夕食を作って帰った 
そんな頃の話をした

3時のおむつ替え 
今日は看護師主任と新任看護師の二人だったのでシートの用意だけした
10時のおむつ替えの時は-になっていたが今回はしっかり排尿があった

4時10分病室を出た所で息を切らしたFさんとばったり会った
「今日はお休みの日だったけれど呼び出されて今到着
けさよさんの顔を見てから仕事をしようと思って・・・」

私も医師からの呼び出しがあったことを伝えた
『Fさん、母さんにモニターは付けてくれますよね?』
「大丈夫よ、看護師が診ていてその時がくれば付けてくれるから 
だから未だその時期じゃないからね YUKIさん、心の準備をしておくのよ」

Fさんは私のお腹をさすった 
しっかり食べて体力を付けておくのよとその手が言っていた
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by r-petal | 2007-05-20 06:37 | Comments(0)
婦長の言葉
「母さん、病院の仕出し弁当・・・もう飽きた~~」娘達からのメール
そう言うと思ってた(笑)

今日は先週2泊3日の温泉旅行で不在だった義母の1週間遅れの母の日を祝う
プレゼントを用意する時間がなかったので義母の好きな昼食を一緒に取ることにした
義父も一緒なので1ヶ月早い父の日も兼ねて・・・なんて上手い話はないか(笑)

二人の娘のお弁当は夫の実家を訪れる前に配達しよう
二人の孫も順調に回復に向かっていて退院も近いだろう

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昏睡状態 経管栄養中止29日目 3階療養病棟53日目 発症から102日目

5月18日(金曜日)
母さん、幾つか報告があるよ 
冬音の退院がもしかしたら明日になるかもしれない
でも翔悟も居る事だし可能ならもう少し完全に下痢が止まるまで
病院に置いてもらえるよう頼んでごらんよって言っておいた 

翔悟も点滴が20ml/hから15ml/hに減ったよ 
d0064859_8217100.jpg

点滴さえ取れると長女も楽になるのにね 

夫もね、さっき目の検査が終わったと電話が来た
何でももう眼球から水は出ていないから大丈夫だって言っていたけれど
私にはちっとも分からない説明だった(笑)
処方された薬はカリクレイン
手足や脳の末梢血管を拡張する作用があって
更年期障害に伴う症状も改善されるお薬だって

*************** 
11時孫達が居る病院へ 
娘たちにアイスクリームを買っていったが長女が今朝下痢をしたと言うので
次女と二人で食べた 半分ずつではない、次女が殆ど食べた(笑)

翔悟のロタウィルスが長女に感染しても当然だろうが
余り丈夫じゃないから頻度の下痢になったら心配
相変わらず左足のしびれもあるようだし…どっちを向いても心配だらけだ

一番の心配者の母 ちょっと安心する話が婦長からあった
早朝、母の病院に電話をして様子を聞いた所安定していると言われたので
安心して午前中娘たちに会いに行ったが
午後私が母の顔を見ても苦しそうな様子は全くなかった

婦長の話だと母の様に徐々に体力低下してきた場合
脳や内臓に異変が起こらない限り急な心拍停止は起こらないらしい

サチュレーションは母が苦しい顔をしない限りもう測らないが
血圧・体温で母の状態が予測出来ると言うから安心した

婦長は水だけで3ヶ月生き延びた人も居るという 
母さんも水分だけで29日目、改めて驚くべき強靭な心臓の持ち主だと思った

因みに私たちは単にサチュレーション○%と聞いても正直ピンと来ない
調べてみたが私の検索が悪いのかヒットしたのは1つだけだった
85パーセント程度の体験なら息をぎりぎりまでこらしているとその近値になるらしい
勿論、それは一時的なものであって実際の患者の場合とは違うかと思う
ただ苦しい時を長時間にわたって体験していることは間違いないだろう
最後に測った母のサチュレーションは70%だった 
もう完全に痛みや苦しみは感じていない状態なのだろう

個室に移されたので私はてっきり…と思ったが
勿論それも一因だが病院側では母と家族が気兼ねなく過せる部屋を提供してくれたらしい

以前同室だったHおじいさんの世話を時々私が行っていたのが
一部の介護員からあれはまずいのでは…と話が持ち上がったようだ 
確かに私の事を看護婦だと思い込んでいるから
ひっきりなしに頼み事を言われてその度看護師を呼んでいた

母親の世話に来ている家族がもっと落ち着いて側に居られるように…
そんな気持ちもあったらしい
母さんに徳があったと言うもんだ

いずれにしても306号室の個室に移ってから私の気持ちも落ち着いたし
一番嬉しいのは母さんのおむつ替えを看護師に気兼ねせず出来る事 
母さんが一番望んだ事だから最後の最後までしてあげたかった

さて…夕方の水分補給だ 昨日と全く違った気持ちで帰れるぞ!っと
母さん、明日も一緒に過ごそうね
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by r-petal | 2007-05-19 08:25 | Comments(0)
個室2日目
夫が今日2時から眼科で検査を受ける 蛍光眼底撮影
本人の自覚症状としては「物が見えにくい」
数年前一度その治療として薬を飲んだが直ぐ効いてそのままだったと言うが
私には記憶がない・・・

昨年11月再び受診して漢方薬を飲み続けてきたが余り効果がない
「病名は?」と聞くと「眼の奥に水が溜まって・・・忘れた」
恥ずかしい話、本人にもよく分かっていない

15日に別の眼科で診察を受け検査の予約を入れた
検査に際して保証人のサインが要るというので名前を書き捺印した
どんな検査なの?と聞いてもはっきりした答えが得られない
「YUKIはそう言う事を調べるのが得意じゃないか」まったく・・・
暢気と言うか人任せと言うか・・・ネットから調べてみた

蛍光眼底撮影は眼科検査法の中でもっともよく使われる検査法で
眼底疾患の診断には欠かせない方法らしい
フルオレッセインナトリウムというかびからとられた人畜無害の蛍光色素を
静脈(腕の血管)に注射して眼底の血管に流れてきたところをブルーの光を当て
帰ってきた黄色の光をフィルターで抽出して写真に記録する方法・・・

眼底での血液の流れについて知るだけではなく炎症の有無
変性の範囲や程度、出血の原因
その他一般の眼底検査だけでは知ることの出来ない情報が得られ
病因の解明や治療方針の決定に欠くことの出来ない検査らしい

いずれにしても検査結果を夫から聞くまで待つしかない
今度こそちゃんと病名を覚えて帰れよ!

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昏睡状態 経管栄養中止28日目 3階療養病棟52日目 発症から101日目

5月17日(木曜日)
母さん、昨日の晩、銀婚式を二人きりで祝ったよ、
夫が花束を買ってきてくれたからそれをテーブルに飾ったの 
もう一つのプレゼントはすずらんの鉢植えが二つ
それを記念樹の代わりに夫が休みの日に二人で植えるよ

どこに植えたら良いと思う? 母さんが窓から見ていた裏庭が良いかな 
それとも玄関前に車を止めた時見つめていた小庭が良いかな 
植え終わったらまた報告するね 

来年このすずらんが再び咲く季節になると私は銀婚式の夜夫と話した事や
母さんとこうして過ごした日々を思い出すだろうね

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11時近く雷が鳴った 
おやつ食べていた翔がガムを放り出して
すっ飛んできて私の足元にしがみついて離れない…
困ったな、娘たちの病院に行かなければならないのに
雷が落ち着くのを待って無理やり外に出してトイレだけは済ませたが…
もうストーカー 
迅は全然平気で翔の食べ残したおやつを狙っていた(笑)
後を追ってまとわり付く翔、可哀相だがハウスの周りを柵で囲って家を出た 
病院に着くと更に雨脚は酷くなり再び雷…翔、頑張れ!

318号室の冬音と翔悟の付き添いの母親たちは元気元気(笑)
冬音は看護師にも愛嬌を振りまいていたし
翔悟は今朝から熱が下がり始めてつぶらな瞳で笑うようになった 

3回の嘔吐で始まった冬音の胃腸炎は続いて高熱
それらが治まって今は下痢が続いている状態

翔悟は高熱で始まり、嘔吐も下痢もそれぞれ1回だけ
もしかしたら翔悟は冬音ほど入院の日数がかからないかもしれない

「ばあば、私たちが退院するまで生きていて欲しいな」
『覚悟はしておいた方が良いよ それより先ずはしっかり完治』 
今日も新しい感染乳児が増えて6人になったそうだ

娘たちが頼んだ病院のお弁当は日替わりメニューになっていて
結構美味しそうだし値段も安いので入院中は仕出し弁当にしてもらった 
いずれにしてもそう長い入院ではなさそうだ 
12時半、今度は母の病院へ向かった

306号室の母さんの様子
看護師によると午前中の血圧は98/46 体温も35.8度 サチュレーションは85%  
午後私の居た時も母の呼吸は苦しそうではなかったし手足もそう冷たくなかった 
母さんは夜中から午前中が弱いみたいだ

Fさんがノックして様子を見に来てくれた
『サチュレーションが下がってきましたね』
「夜中に更に下がった時があったみたいよ 
でも午後になるとYUKIさんが来るって分かっているから良い顔になるのよ」
嬉しいお世辞だ

叔父夫婦が見舞いに来てくれた 
昨日も午前中、父が居る時に様子を見に来てくれたようだ
父さんったら昨日電話で話した時に知らせてくれば良かったのに…

3時を過ぎるとまた雨がひどくなってきた 翔…大丈夫かな? 
そう言えばもう25分過ぎたけれどおむつ替えに来ないな…一人で替えて良いのかな? 
洗面所からぬるま湯をボトルに入れて洗浄し
シートの替えが終わった時介護員がドアをノックした
『すみませんが手伝ってください』
パジャマのズボン上げをする間体を支えてもらった 替えは終わった

4時 血圧88/47 体温36度 サチュレーション72~77% 
指先からの血液中の酸素飽和度測定器はかなりアバウトらしい
例えば測る箇所、母さんの場合は足の親指だが
ここが冷たいと数値も低くなり少し暖めると数値は上がるらしい 
今の母さんの状況下では心拍がしっかりしていれば
サチュエーションが低くてもそう深刻ではないと言った

それにしても個室の中はドアを閉め切り状態だと空気がこもる
時々窓とドアを開けて空気を入れ換えた

5時近く再びH看護師が入ってきた 
酸素吸入を検討中だと言いながらサチュレーションを測った 70%
計測器の数値を見て慌てて出て行った看護師がすぐ戻ってきた
「あの・・・けさよさんは声も出ているようだし…」
若い看護師は言葉を濁して困っていた

『母が余程苦しい顔をするまでマスクは付けずこのまま自然にしておいてください』
看護師はほっとした顔をした 
ついさっき「マスクを付けます」と出て行った
きっとナースステーションに居る婦長が私と同じ言葉を言ったのだろう

母さん
もし娘達と孫の退院が母さんの見送りに間に合わなかったとしても許してあげてね

水分補給が始まった 私が帰る時間になってしまった
『母さん、約束だよ ひとりぼっちで逝っちゃ嫌だからね』
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by r-petal | 2007-05-18 08:24 | Comments(0)
6度目の部屋移動 個室へ
「母さん、今日のお昼は病院のお弁当を頼んだからいらないよ」長女からのメール

多分すぐ飽きるだろう 「じゃあ明日から三つのお弁当を持って病院に行くよ」
今日から数日の間 私の昼食はS病院小児科病棟317号室 
二人の娘と翔悟と冬音と一緒に食べる事になった(笑)

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昏睡状態 経管栄養中止27日目 3階療養病棟51日目 発症から100日目

5月16日(水曜日)
母さん、こんな時だけど今日は何の日だか覚えている? 
今日は私たちの25回目の結婚記念日、銀婚式だよ 
私にとって25年前の結婚式の思い出は喜びより悲しい日だった 
母さんが式の間、嫁ぐ私を見ては寂しさの涙ばかり流していたから
私は笑顔になれなかった 
だから毎年夫も私も式の思い出は語らなかった

在宅介護をしている頃、我が家に来る度母さんは私にこう聞いたよね
「ゆきさんは真面目かい?」って 
仕事に対してとか金銭感覚とか色んな意味があるだろうけど
多分女遊びをするかしないかと言う意味だと私は解釈した 
そう聞かれる度『ゆきにすごく大事にされているよ』って答えると
母さんの言葉はいつも同じだった「それが一番だ」
母さんは父さんに自分だけ見つめていてもらいたかったのかな

**********
早朝5時 座敷で物音がしたので翔が起きた 
階段を下りていくと長女がシーツやタオルを洗面所に運んでいた
「翔悟が吐いたの」その言葉にめまいがした

毛布・シーツ類、翔悟の唾液が飛んだ物全て粉ハイターに浸けて洗濯を始めた 
熱いお茶を飲んで頭の整理、さて今日一日どう行動しようか 
午後には母さんの部屋移動がある

7時15分 娘と一緒に自宅近くの診療所へ 
次女の病院ではまだ診察が始まらないし待ち時間が長過ぎる、
とにかく便だけでも調べてもらわなくちゃ! 

診察を受け整腸剤その他の薬をもらい自宅へ戻った 
翔悟はその後下痢も嘔吐もなかった 

次女の弁当を作り長女と自宅で昼食を済ませてから10時半S病院へ 
冬音は昨日点滴が外されたのでご機嫌が良い
まだ下痢が続いているようだがおっぱいの飲みも良い
12時には母の病院へ向かった 

農道を走っていると長女から電話が入った「翔悟の熱が39度ある」
Uターンして自宅へ戻る 
入院準備をして冬音が入院している小児科外来へ電話を入れると
今日は乳児1ヶ月検診があるので紹介状がなければ受診出来ないと言った 
ふざけてる!

再び診療所へ、紹介状を書いてもらい受け入れ時間を確認してもらうと
検診終了時間の3時に連れて来るよう言われた 

3時…母さんの部屋移動に間に合わない 

長女が賢くんを呼び寄せてくれた
「翔悟は私たちの子供だから自分たちで病院に行くから、
母さんはばあばの所に行って欲しい」娘に甘えることにした

自宅で賢くんの到着を待った 翔悟は39度の熱、私の腕の中で寝ていた
1時少し過ぎ 娘たちは診察時間の3時が来るまでアパートで過す為我が家を出た
見送る後姿がドアから消えた時、最悪だと思った 何故こんな事に・・・

2時少し前母さんの病室に到着 
部屋移動はまだ行なわれる前だった、間に合った

今日の母さんの手足は少し暖かくなっていた、呼吸も苦しそうではない
看護師にバイタルサインを聞くと熱圧は114/72 
体温は35.7度だがサチュレーションは88~90%に上がった

目を拭いていると看護師3人が入ってきて個室移動になった 
母さんの引越しが最後だった
今日の部屋移動は母1人ではなかった 
母が個室に移される為に随分のお年寄りがあちらこちらの部屋に引越しになった 

6回目の引越し先は306号室、今度こそここが最後の部屋になるだろう
「YUKIさんが居る時はドアを閉めていいからね」とFさんが言ってくれた 

今まで廊下を通る介護員や看護師の監視下にあった母さんは
家族と居る間だけその目から開放された
 
ドアを閉めて母さんの体を拭いていると
長女から翔悟がロタウィルス感染と分かり入院になったとメールが来た
家を出ていく時に娘が残した言葉を思い出した
「母さん、こんな大変な時に迷惑かけてごめんね」
謝らなければならないのは私だ 
こんな大変な時に付き添ってあげなくてごめんよ 
ここには誰の目もない、母さんと二人だけ 泣きながら体を拭いた

暫くすると次女からメールが来た「二人部屋に移動、同室者にびっくりだわ」
このメールで気分は一気に変わった 
部屋移動があったのは母さんだけではなくS病院の小児科病棟でも
今日新しい入院患者翔悟とその付き添い長女の部屋に
冬音とその付き添い次女が移動された 姉妹で同室、笑えた
そして明日から暫く私の昼食は小児科病棟317号室 二人の娘と孫達と一緒だ

3時 ドアがノックされた
「おむつ替えどうしますか?」懐かしい、馴染みの若い看護員だった

今日から母さんのおむつ替えは自由になった 
『一緒に手伝ってくれますか?』
久しぶりに看護師の補助の役目ではなく
母さんの体の状態を確かめながらゆっくり替える事が出来た

5:20pm 帰り際の母さんの体温は36度まで上がった

病院を出る時娘達にメールを送った
「明日病院に行くので今日はもう行かないよ 
今夜は父さんと二人で記念日を祝います 
あなた達も久しぶりに姉妹で楽しんでね」こんなに安心した入院は初めてだ
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by r-petal | 2007-05-17 08:17 | Comments(3)
冬音の入院
12日土曜日の午後、冬音はかなりの量のミルクを吐いたらしい 
私が母の病院から帰ってドアを開けた時、居間から次女の泣き叫ぶ声がした 
急いでかけつけると冬音は前回より更に多量のミルクを吐き出した 
まるで噴水のように 

長女が病院に電話を入れ私たちはかかりつけのS病院へ向かった 

緊急外来の担当医は小児科ではなく外科医 
その時の冬音は熱も37,7度 
嘔吐も落ち着いていたので経過観察で一旦我が家に戻ったが
夜ミルクを飲んだ後また多量に吐いた 

入院覚悟で必要な物を大体持って再び緊急外来へ向かった 
3階の小児病棟に運ばれたのは10時近く 
それから処置室で脱水症状を防ぐ点滴処置がされたが
上手く入らず結局5回目、ようやく左足に入った
側で泣き叫ぶ我が子の姿を見せられていた娘の辛い気持ちがよく分かる

私が自宅に戻ったのは真夜中12時40分 
直ぐにネットからロタウィルスの事を調べ次女に転送
深刻な病気ではない事で安心したのか娘のメールも明るい内容に変わってきた 
さぁ寝るぞ
時間は翌日13日午前2時になっていた

ロタウィルスとは
潜伏期間は約2日で、激しい嘔吐(1日5~6回)
激しい下痢が特徴で3~8日程度で治まる
発熱は半日~1日で終わる場合が多く2日を超える例はあまりない

乳幼児の冬の急性下痢症の最も主要な原因がロタウイルスによる感染症
原因がロタウイルス感染とわかるようになったのは近年で
以前は白色便性下痢症とか、冬季嘔吐下痢症とよばれていた
頻回の嘔吐に続いて、かなりひどい下痢となり
急速に脱水に陥る危険があるので、要注意

下痢の回数は頻回で、便の色は薄い黄色だったり
レモン色だったり、白っぽい感じの薄い黄色といった色調になる 
母乳はそのまま与えて良いが普段よりも少量、頻回にといった感じにする 
便中のウイルスは感染力大、おむつの取り扱いには充分注意し
手洗いはしっかりおこない二次感染を防ぐ
ロタウイルスは日本のように季節変動のある国では冬期
特に2月から4月に乳幼児を中心に認められている

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昏睡状態 経管栄養中止25日目 3階療養病棟49日目 発症から98日目

5月14日(月曜日)
母さん、冬音が入院して今日で3日目、
熱も嘔吐も治まってきたから次女の気持ちも随分楽になったようだよ

『何か欲しい物ある?』って聞くと「話し相手」って答えた(笑) 
ロタウィルス感染症胃腸炎って言っても治療薬は整腸剤と脱水症状防止の点滴だけ
後は下痢が落ち着いてくれると冬音は退院出来るよ

母さん、今回も困難を乗り越える力を私にくれてありがとう
******
10時娘の昼食を持参してS病院へ 

昨日個室から3人部屋に移動になったが
今日行ってみると同室の親子は逆に個室に移動になっていた

冬音はおむつを替えられていたので泣いていた 
「今日3回目の下痢なんだ」と娘
見れば白っぽくて薄い黄色の軟便という所かな 
娘の手には使い捨て手袋がはめられていた

「母さん、おむつに触っちゃだめよ」
使い捨ておむつは直ぐ丸められ医療廃棄物のゴミ箱に捨てられた 
ウィルス浮遊防止だ 
通常ロタウィルスはどこにでもある菌らしい
昨年暮れに流行ったノロウィルスと同じで体調が悪かったり
体力が落ちたりすると下痢や高熱などの悪さをする 
二次感染予防はうがいと手洗い 
我が家でも冬音が嘔吐した時に着ていた服や娘の服や
タオル類は全て塩素系の洗剤で洗い直した 翔悟に感染したらそれこそ一大事だ
 
病院に運ばれた時の冬音は激しい嘔吐と高熱でぐったりしていたが
今日は復活、愛らしい泣き顔と笑顔を見せてくれた 
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病室で一緒に昼食を取り、娘から殆ど一方的な会話を聞いて(笑)
12時、母の病院へ向かった

母さんはいつも通り静かに寝ていたが
枕カバーのタオルや頭部付近のシーツに血痕が飛び散っていた 
最初左耳からの出血かと思い拭いてみたがその形跡はない 
左頬にも少し固まった血痕がある 
毛布をめくるとパジャマの上着だけが着替えさせれている 

口内洗浄時に荒れた舌から出血したのかなと
思い当たる節を色々想像しながら洗面所に向かった 
お湯を汲んできて床にバケツを置くとそこにも所々に血痕が飛び散っている
ただ事ではないと思い廊下を通過するM看護師に事情を尋ねた 
直ぐに担当の看護師がやってきた 
痰取りのカテーテルが鼻からの吸引時に傷を作り出血したのではないかと言った 
それほど母さんの皮膚は弱っているのだ
その血液が鼻から口に流れてきたのだろう 
母は時々痰が詰まると口から唾を吐き出す事がある 
きっと口内に溜まった血はそうやってシーツや床まで飛び散ったのだろう
かなり激しく咳き込んだのだろうな 辛かったろう

「午前中手足が冷たかったので保温させていただいています」
本当だ、手の甲と足の甲に保温剤がタオルに包まれて置かれていた
『細かい心使い、ありがとうございます』
担当看護師は血の付いたパジャマはハイターに浸けてシミが取れたら持ってきます
と言ったがUさんが更に洗って乾燥機をかけ綺麗にたたんで病室まで届けてくれた

家から持参した電池剃刀で母の眉毛を剃った 『母さん 更に綺麗になったよ』
母さんの出血は鼻だけではなく何箇所か出来た床ずれの1つ
腰の部分のかさぶたが取れて少し出血していた 
3時のおむつ替えの時ワセリンとガーゼを付けてもらった

4時の痰取り 
看護師に午前中の様子を伝えると鼻からの吸引はやめて口からだけにしてくれた
口からでも十分痰は取れそうだ

静かに眠る母さんが目を明けて苦しい顔をするのは
痙攣が止まった今は痰が喉に詰まった時だ この顔は数分続く
もしかしたら…母さんが呼吸困難になるのはこの時ではないだろうか 
ふとそんな気がした
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by r-petal | 2007-05-15 07:42 | Comments(4)
おむつ券
昨日買った14袋のおむつ類 さて。。何処に置いておこうか
暫くは私の仕事部屋に運び必要分だけ病室に持って行こう
余ったら父さんの家で保管しておいてもらおう
これは母さんから父さんへのプレゼントだから
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昏睡状態 経管栄養中止22日目 3階療養病棟46日目 発症から95日目

5月11日(金曜日)
母さん、いよいよ季節も夏、「今日も暑いね~」が挨拶代わりになったよ 
母さんが発症した時は2月で「今日も寒いね」だったのにね 
母さんは汗かきだったから夏が苦手だったね 
果物ジュースより薬用ドリンクが大好きだった 
母さんの為に買い置きしたそのドリンクは未だ家の冷蔵庫にそのまま残っている
そのドリンクは夫に飲んでもらおうね

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病室に入った途端Fさんが部屋に入ってきた
「YUKIさん、おむつ券って届いていない?」
『タクシー券なら聞いた事があるけれど父さんに聞いてみます
でもおむつ券って在宅介護対象じゃなかったっけ?』

ここ最近Fさんの所にこのおむつ券の事で家族から問い合わせが来るらしい
何時からこのサービスが始まったのか分からないが市では
【紙おむつ等購入券交付事業の申請】を行っているらしい

対象者は市内に住所を有し在宅で生活しているお年寄り
(施設入所等は対象外)で以下に該当する人
1、介護保険法による要介護4・5の認定を受けていて介護保険料段階が1・2・3
(非課税世帯)
2、介護保険法による要介護3の認定を受けていて介護保険料段階が1・2・3
(非課税世帯)
3、介護保険法による要介護3・4・5の認定を受けていて介護保険料段階が4
(非課税世帯で本人非課税)
2と3の対象者は紙おむつを使用している事の証明が必要らしいがどう証明するのだろう
難しい事はさておき、Fさんによると母さんは今、介護保険ではなく脳梗塞後の治療中
医療保険対象の長期療養型だから入院扱いだと言う 
それにここは施設ではない
母さんが3階の古巣に帰ってきた3月27日から対象になったので
当然おむつ券を受け取れるはずだと言った 

「ちょっと待っていて、折角市役所に行っても対象外だったら無駄足になるから
聞いてみるから」直ぐ電話をしてくれた 

市職員の話では明日その券を父の元へ発送予定だと言う 
丁度今日帰りにフラットシートを購入するつもりだった
『Fさん尿取りパットも対象になる?』 「勿論よ」 
じゃあ明日の発送を待っていられない、
これから市役所に行って手続きを済ませその足で補充のシートに変えて来ようと思った 
Fさんはもう一度電話をかけ直してくれて直ぐ券をもらえるか確かめてくれたところ
必要書類を書けば直ぐ手渡されると言う、ありがたい、これは父さんの為だ

高齢者福祉課にて
『介護員Fさんからおむつ券のことを聞いて来たのですが…』
さっき電話で話した担当の人が直ぐデスクに来た

「書類サインをお願いします 次回の券は8月に支給されます」 
母さんには次回なんてもうないよ…

「申請が今日ですので22枚に減りますがご了承ください」 
そんな交付があるなんて知りもしませんでした 

おむつ券は年3回、4月・8月・12月に再審査を行なって24枚交付されるようだ

『もう1ヶ月早く交付をしてもらえたら家族は随分助かったのですがね』
「申し訳ありません 対象者リストを作るのに時間がかかるものですから」 
遅れるのはそっちの一方的な理由だろう、問題は何故申請日に拘るのだ 
何故対象になった日に遡って配布しないのだ 
介護保険負担限度額認定の時もそうだった

封筒を握りしめて市役所を出た 
温度が上がった車中で1回の買い物に何枚の券が使えるのか確かめたが
別に制限がないようだ 
ピンクのおむつ券を暫く見つめエンジンをかけた 
母さんにはもう22枚の券を使い切る時間はない 全て今日使い切ろう! 
余った物は腐るものではない
2軒のドラッグストアを回って支給されたた¥22,000全ておむつ類を買い揃えた 
大型14袋 トランクに入りきらない物は後部座席に積んだ、まるで業者波の数になった


「どうだった?」病室に戻るとFさんが心配して立ち寄ってくれた
『交付された券は今日全ておむつ類に変えてきました 
使いきれない分は母さんから父さんへプレゼントです』
「YUKIさん、よくやった! 知らないで見過ごすお年寄りが一杯居るの
行政にはいつも腹立たしい思いが一杯、対応が遅すぎるの」Fさんもご立腹だった
母さんは私たちの怒りの会話を静かに聞いていた

4時長女と次女が来た 翔悟を預けて長女は1階のリハビリ室へ
冬音と翔悟は母の足元で病室に入って来る看護師達にあやされて笑っていた

5時いつも通り水分補給が始まった 母さんは微痙攣を起こす事もなく眠り続けていた
帰り際、母さんの同室のおじいさんに声をかけた
『Hさん、赤ちゃん好き?』 「うん」とうなずいた
このおじさんは今日ナースコールの線を首に3重に巻きつけて自殺をしようとした 

数時間前
「看護婦さん、水が欲しいんだよ」と私を呼ぶ『待っていてね、今看護婦さんを呼んでくるから』

「看護婦さん、苦しいんだよ」 『待っていてね、看護婦さんを呼んでくるから』

数分経って様子を見た時には海苔の佃煮のビンの蓋を開けて食べていた 
急いで看護師を呼んだ

「苦しいんだよ もう何もいらないから楽にしてくれ」
今度はそう呟いたがさすがに答えてやれなかった Hさんはずっと壁側に体を向けていた

おじいさんがコードを巻きつけているのを発見したのは様子を見に来た介護員
その時私はおじいさんに背を向けて母さんの顔を見ながらパソコンを打っていた 
婦長や看護師が慌てて部屋に入ってきておじいさんの首からコードを外した 
ナースコールのコードと経鼻カニューラの管も危険だからと持って行かれた 
Hさんはナースコールを電話機だとずっと思い続けていたので
「電話を持っていかれたら話も出来ないじゃないか・・・」と悲しそうだった 
そして家族が来た 婦長は週末に一時自宅で過す事を勧めていた 

明日から翔悟や冬音をHさんにも見せてもっと話しかけてあげよう
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by r-petal | 2007-05-12 08:43 | Comments(0)
修復画像
3:00am翔の喘ぎ声で起された 暫くすると少し吐いた
昨夜食べた物が完全には消化されていない状態だった
ちょっと与えすぎたかな?と反省
今朝は一食分の半分を与えもう少し時間が経ったら残りの半分を与えよう

さて。。中途半端な時間に起されてしまってどうしようかなと考えた
起きて遅れ気味の刺繍の仕事のデーター作りをしようかとも思ったが
今日、夕方から2時間だけだが、もう一つのアルバイトの仕事がある
2月に母の事で断ってしまったので今回はどうしても受けざるを得なかった
その仕事の為に少しでも睡眠を取った方が体の為に良いだろうと
ソファーで翔と寝た

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昏睡状態 経管栄養中止20日目 3階療養病棟44日目 発症から93日目

5月9日(水曜日)
病室入り口で母さんの顔を見た途端思った
顔色が昨日より更に黒味のある黄色になったなと
 
毛布をまくって手の甲を見ると昨日より更に皮下出血していて紫色になり
それが上腕にも広がってきた 

S婦長は黄疸で内臓や血管、皮膚の状態も自然に衰え始めて弱くなってきていると言った 
母さんは少しずつ自然死を迎えようと準備段階に入ったと思うが
心配が1つ 
『このまま穏やかな顔でずっと眠りについて欲しいけど
左手の微痙攣が気になるな、あの顔だけはもう誰にも見せたくない…』
ちょっと呟いた 
午前中は左の微痙攣はなかったと看護師が言ったが今日は左肩にも出ている
婦長は看護師に今後の様子を診て強みが増すようなら
早目に痙攣止めの薬を服用するよう指示を出してくれた

2:15pm時のバイタルサイン検温37.4度 血圧132/60 サチュレーション97% 
手足は冷たいので頭だけ冷やすようアイスノンを持ってきてくれた

母さんはこんな状態だった
夕方の水分補給が始まった時点で病室を出た

今夜は腰痛で我が家に戻ってきている長女親子と
14:00~22:00勤務で夫の留守中、我が家で夕食を共にする為に次女親子もやって来た

夫が冬音を風呂に入れ 私は翔悟を入れた
夕食前に娘達がプレゼントをくれた

母の容態を考慮して4日早い母の日と1ヶ月も早い父の日の贈り物
夫には電気髭剃り 義父のお下がりを使っていたので最新のデザインで嬉しかろう

私にはハードカバーに収められた2L版の思いもかけない修復画像だった
そしてもう一つ、感謝の言葉を綴った色紙だった
***
昭和33年8月20日 大工の夫とその妻に1人の女の子が生まれた
母親の話によるとその赤子は19日の夜中に生まれたので出生日は20日に変えたそうだ
昔はかなりアバウトだった
産婆に取り上げられたその赤子は3300グラムを超えていたと言うからかなりデカイ
生後7日目と元画像の裏に大工の夫の字で記録されていた

元画像の大きさは縦8センチ横13センチの白黒で
写真の端は破れていて所々に汚れが目立つ
保存状態が悪かったと言われればそれまでだが
大工夫婦にとっては大事な記念写真だったろう

その元画像はその後大工夫婦の嫁いだ娘に手渡されて押入れにしまわれていた

ある日、娘は母親の思い出に触れたくて押入れからこの画像を見つけ出し
食堂のテーブルに置き、座に付く度この画像を見つめていた
愛しい若き姿の母親と今尚愛しい母親を思いながら・・・

2週間前この画像はテーブルから無くなった
その娘の子供が暫く貸して欲しいと持ち帰った
そして2週間後の今日 
その白黒画像は見事に色付けされ約2.5倍の大きさになって戻ってきた
d0064859_8203681.jpg

母さん・・・綺麗だったね 私は母さんの腕の中で満足げに寝ている
隣に居る父さんも幸せそうだ

近づく母の日に贈る言葉「母さん、私を産んでくれてありがとう」
そして・・・我が娘達よ ありがとう
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by r-petal | 2007-05-10 08:30 | Comments(2)
恩恵の中で。。。
今日から暫く長女と孫が我が家に滞在する事になった

日曜日、買い物の最中急な激痛が膝に起こり娘は歩くのも辛かったという
その晩は痛みで夕食の支度も出来ず寝ていたらしい

翌日一緒に自宅近くの整形外科を訪れたが「坐骨神経痛」だと言われた
原因はやはり持病のヘルニア、ちゃんとリハビリを続けていればこんな事態は防げたろうに
良くなったと思い込んだ娘と安易に考えた私にも責任がある

暫くリハビリを続けて改善がなければ母乳を止めて飲み薬になるらしい
 
やはりこの病院では混んでいて待ち時間だけでも時間がかかり過ぎる
娘によるとリハビリの機械は母の居る病院と余り大差はないと言うので
自宅でも出来るストレッチ体操も含め
今度こそ本腰を入れ根気良くリハビリに通う事だ

家事や翔悟の世話にも1人では無理がある
賢くんと話し合って暫く我が家であずかる事になった

今日も6日7日 2日分のブログ

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昏睡状態 経管栄養中止17日目 3階療養病棟41日目 発症から90日目

5月6日(日曜日)
母さん、GWも後二日、午前中は夫とゆっくり二人で過したよ 
一緒に電気屋に買い物に行ったりレストランでランチを食べたり…
夜は前々から夫が観たがっていた「硫黄島からの手紙」の邦画の鑑賞予定だよ 

最近次女と夫はよくメール交換していているらしくて娘に言われちゃった
「父さんは母さんが相手をしてくれないから寂しがってるよ」って、
娘に言われなくても気が付いていた、母さんが脳梗塞を発症してから今日で90日目
その間私は夫だけじゃなく娘達にも翔&迅、義母にも寂しい思いをさせてきた 
でも母さんの生ある限り私は母さんだけの事を思い、涙し、時を過し通す気がする
残り少ないと言う現実があるからこそ余計に・・・

      **********
病院到着は既に2時を過ぎてしまった 
僅かだけれど出来るだけの事は済ませて帰ろうと思った
母さんは今日も穏やかな顔をしていた 目を拭いていると後ろから声がした
「YUKIさん、帰ってきましたよ けさよさん、待っていてくれて嬉しいな」
Fさんはそう言いながら母さんの顔を撫ぜてくれた

GW休みでFさんが不在の3日間の母さんの出来事を話した
ふと、会話は数日前のM看護師に言われた言葉に移って行った 彼女の名は出さなかった
『Fさん、先日若い看護師に母さんには本当に水だけで良いのですか?って言われました
経管栄養を止め今日で17日です 
母さんはやっぱりお腹が空いて辛いのかな? 私の決断は惨いことかな?』

Fさんは沢山のお年寄りの最後を見てきたはず、必ず何かともし火をくれると信じた
違うな…救いを求める気持ちだった
「けさよさんに食事を与える事で無意味な日数だけ与えたくないと思って決めた気持ち
それは誰も責めはしませんよ」

私は責められてもいい、看護師たちが私のしている事を薄情だと思うのは仕方がない
辛いのは水しか与えられない可哀相な母親だと思われる事 
死を迎えようとしている母さんにそんな同情心を持ってもらいたくない 
勿論Fさんが言う通り無駄な時をもうこれ以上長引かせたくない 
母さんは今、父さんと午前中会い、午後は私と過し、夜には姉さんが側に居てくれる・・・
こんな風に家族と過す時間を楽しんでいるのだと信じてもらいたい

婦長が来てくれた
「けさよさん、ここ数日は穏やかな顔をしていますよ
きっといつも一緒で嬉しいのよね でなきゃこんな顔は出来ないから」
Fさんから私の話を聞いたのだろう 私の身を心配してくれた
そして母さんは今穏やかな時を過しているのだと思ってくれた

顔や手足を拭いて保湿剤を付けていたら従姉が来てくれ
3時のおむつ替えを機に帰って行った

手足を拭いていた時臭いがあったので便が出ているのは分かっていた
外してみるとかなりの量だった 
水分だけでこんなに便が出るなんて驚きだが
看護師が床に広げた新聞紙にシート類を投げ落とした時、便の色の濃さにもびっくりした

『タール便じゃないですよね?』それほど便の色は黒かった
「調べればすぐ分かるから」看護師はスティックが入った容器を持って戻ってきた 
便潜血反応 
1本のスティックにおむつに付着した便を付け暫く変化を見ていたが
便の色は何色にも変化しなかった(潜血だった場合緑色に変化するらしい)良かった
便の色の濃さは多分長時間経った為だったのかもしれない
もう血液検査など一切行なわれない母さんにとって便の色がバロメーターだ 

3:30pm 時間だ 何事も起こらず今日も帰る事が出来た

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昏睡状態 経管栄養中止18日目 3階療養病棟42日目 発症から91日目

5月7日(月曜日)
母さん、長女には困ったものだよ 
昨日急に膝が痛くなって夕食も食べられず寝ていたそうだ
今朝賢くんが病院に順番を取ってくれたので8:45に病院に向かったよ 
坐骨神経痛だって、ここでちゃんとリハビリを続けていたら
こんな事にはならなかっただろうに…

娘の話だとリハビリの機械はこことそう変わりがないみたいだから
今度こそ本腰を入れて治さないと心配だよ
私も散々体の事では母さんに心配かけたから娘にも同じ思いをさせられるのかもね 
長女がここで治療を受けている間、私は母さんと翔悟の子守だね(笑)
 
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今日の母さんも安定した状態 血圧は126/72 サチュレーション91

4日連休で出勤してきたUさんが私の姿を見て「久しぶり~暑いね」と声を掛けてくれた

Uさんの仕事は院内患者の洗濯とレンタル衣類の管理 ボタン付けや縫い物・・・
洗いあがったエプロンなどを各病室に届けたりお年寄りの話し相手になったり・・・
雑用も多い、もしかしたらお掃除担当の人たちより重労働かもしれない

洗濯場は母さんの病室の真向かいなので当然何度か顔を合わす機会がある
母さんの病室に入って顔を撫ぜていたらUさんが病室の入り口で手招きしていた
仕事の用事がない限り患者の病室の出入りは禁止されているからだ

「院内の洗濯は一段落付いたから毛布を洗ってあげるから」 2度目だ、遠慮をすると
「気持ち良く寝ていてもらいたいからさ・・・洗わせてよ」と言ってくれた 
今回も洗濯記録に書かずに母さんの毛布を洗ってくれた

看護師二人と体の洗浄を済ませてからタオルを洗い、干し場に向かった
毛布がもう洗濯され干されていた 殆ど乾いている
院内の干し物の邪魔にならぬよう隅っこにタオルを2枚干した 
30分位しか干せないけれど乾かなくても室内に干しておけば乾くだろう

4時 帰宅の準備をしているとUさんが毛布とタオルを持って来てくれた
「毛布を寄せに行ったらタオルがあってね、
もう乾かないと思ってさ、乾燥機にかけてきたからね」
手渡されたタオルはUさんの心と同じ、暖かかった

5月になって母さんは入所して9ヶ月に突入 
母さんも私もその間色々な人から恩恵を受けた
介護員のFさんやIさん、婦長のSさん、そしてUさん、勿論その他の介護員や看護師たち

私は母さんが居なければ知り得ない世界を過す事が出来た 
色々な経験を味わう事が出来た

母さん、私にとっては決して無意味な9ヶ月ではなかったよ 
明日も一緒に過そうね
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by r-petal | 2007-05-08 10:21 | Comments(2)
プチドライブと翔悟の初節句&お宮参り
和歌山出張から帰ってきてから夫の腰の調子が今一
今もコルセットとマッサージ器を使っている
長女の腰痛も未だに時々起こるようで・・・

夫のGWも明日で終わる
締めくくりは明日部下とゴルフ予定 大丈夫だろうか・・・

GW中 我が家では夜ビデオ鑑賞で時を過した
さてさて・・・最後の今夜は何を観ようかな?

5月4日と5日 二日間のまとめブログ(笑)
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昏睡状態 経管栄養中止15日目 3階療養病棟39日目 発症から88日目

5月4日(金曜日)
母さん、今日は岐阜のアウトレットに夫と出掛ける予定だったけれど
急遽予定を変更して飯田市に行ってきたよ
腰痛が完全に治らなかったから遠出をするより
近場で買い物を済まそうって話になったの 
家族みんなを巻き込んで一騒動になりかけたアウトレットの結末は
プチドライブで見事に幕切れになったよ
夫の腰痛のお陰で母さんと私の粘り勝ちだね(笑)

高速に乗って先ずはSAのドッグランに翔&迅と入ったけれど
臭いを嗅ぎまわっているだけで全然走ろうとしない 
売店からボールを2つ買ってきてそれを見た翔&迅が大興奮 
夫がボールを蹴ったり投げたりして私はカメラマン 
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久しぶりに必死に走る2ワンの画像が取れて大満足
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私はもうこれで帰っても良い位の気持ちになったよ(笑)

現地では夫の買い物にお付き合い
さすがに2件目は私も疲れたから
翔&迅とスポーツショップの前で散歩を楽しんだ
アウトレットほど品数はなかっただろうけど夫も十分満足出来ただろう

この地にしか売っていない黒モツを夫の実家へ
父さんが好きなおたぐりを土産に買って帰路

昼食は時間削減の為コンビニのおにぎりを運転しながら食べた(笑)
あわただしいプチお出掛けだったけれど楽しかったよ

自宅に戻ったのは一時少し前
片づけを済ませていつも通り病院へ 姉さんが居てくれた 

母さんは時々襲ってくる微かな痙攣で目を明けるが殆ど静かに眠り続けていた 
無呼吸になる時があるので
その度首の血管が動いているのか確認してしまうほど穏やかになった

記録書き:10時HK6 水様便と記されていた3時の替えの時はK2だった
4時の検温36.1度 血圧124/82 サチュレーション90~92
静かに眠り続ける母さんの髪を撫ぜながら『また明日ね』と呟く、4時10分病室を出た


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昏睡状態 経管栄養中止16日目 3階療養病棟40日目 発症から89日目

5月5日(土曜日)
母さん、今日は翔悟のお宮参りと初節句祝いを済ませて会いに来たよ 
賢くんのご両親と妹さんはもう翔悟を抱きたくて触れたくて
視線は常に孫に注がれていたよ 
d0064859_8514196.jpg

私は・・・未だにその気持ちが湧いてこない変人なおばあちゃんだ 
母さんは賢くんのお母さん同様、孫が可愛くて可愛くて仕方なかったのにね 

お宮で先ずは長女が掛け着を付けて翔悟を抱き
次は賢くんのお母さんが掛け着を付けて翔悟を抱き
最後は私も掛け着を付けて翔悟を抱きそれぞれ記念撮影(笑)
翔悟はその間良い子で抱かれていたよ
一族で初めての男の子翔悟・・・母さんに一度だけでも抱かせてあげたかったよ

2:00pm 
「母さんは痙攣も昨日と同じようで安定しています。
目を明けている時間が長いよ」姉さんからこのメールが届いた時
私は病院へ向かっていた
母さん、待っていてね、後もう少しで病院に着くから

姉さんの報告通り母さんは静かに呼吸を続けていた 
時々起こる微痙攣も日常茶飯事になった

翔悟のお宮参りの様子を姉に話しながら母さんにも報告

祝い膳では乾杯のグラスを口に含んだだけ 
母さんに会いに来たかったからもう飲まなかった
姉さんが今日は無理して来なくても良いと言った
夫も姉さんが居るのだから良いじゃないかと言った

私は例え1時間でも母さんの側に居たい 
後もう少しで母さんに触れる事も語りかける事も出来なくなる 
ずっとその体を残しておきたくても出来なくなる 
一回でも多く一分でも長く母さんの側に居させて欲しい

3時のおむつ替えが済むのを見届けてから姉さんと病室を出た
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by r-petal | 2007-05-06 09:05 | Comments(0)