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痙攣下での開眼
今日から前回同様、母の様子をうかがいながらのネットの刺繍仕事開始だ
ダックス:ジージョ君の同じ刺繍の追加オーダー
気に入ってもらえて本当に嬉しい
データは保存してあるので二日間あれば何とか出来上がりそうだ

新規の刺繍オーダーも二作あるのでこちらもデータ作りから開始予定
初めて同じオーダーさんから前作も含め7枚の依頼だ

母さん、応援してね
でもこの仕事が終わるまで待ってなんて私は言わないからね
オーダーさんも母さんの事は承知してくれているから
私は精一杯頑張るけれど母さんはもう頑張らなくて良いのだからね

***********************
昏睡状態 経管栄養中止10日目 3階療養病棟34日目 発症から83日目

4月29日(日曜日) 
母さん、今日は珍しい時間帯に会いに来たって驚いている?
今日は姉さんが親戚の結婚式に参列するので7時50分に家を出て着付けして来たの
「着物は嫌だ 嫌だ」って姉さん 昔の母さんとそっくりだ(笑)

そう言えば私が母さんの着付けをしたのはいつが最後だっけな? 
窮屈で嫌だって文句を言っていたね 
母さんの最後の着付けも私がしてあげるからね…

     **********
姉の家に向かう前に父さんに電話を入れ昨日3度目の痙攣があった事を告げた
「またか」と言った 
さほど驚いた様子ではなく昨日知らせなくて良かったのだと思った

途中義兄とお姑さんの仏壇に供える花を買って行った

台所に花を置きに行ったらさすが姉さん
カウンターにコーヒーを用意しておいてくれた 
一息ついて姉が美容院から戻ってくるまでの間、着物などの小物類を用意しておいた

帰ってきた姉さんがコンビニ袋を持ってきた
「院内でお昼に食べるようにおにぎりとサラダを買ってきたから持っていきよ」
おにぎり…途端に空腹感が襲ってきた

実は朝食抜き 食いしん坊の私には珍しく今朝は食欲がなかった 
めまいを感じたのはそのせいか…朝食兼昼食をその場で済ませた(笑)

着付けを済ませて母さんの病院に向かった 時刻は10時半近く
看護師が母さんの痰を取っていてくれ、父さんは窓の外を見ていた

昨日の大雨で大判タオルが乾かなかったので看護師に物干し竿を借りる許可をもらった
日曜日は院内洗濯はないから邪魔にはならないだろう 序に母さんの毛布も干した
手足の洗浄をしていると父さんは帰って行った

痙攣は顔面に少し残っている 時々唸りながら左手がピクピクと動く
完全ではないがまた一山超えた感じ

11時少し過ぎには母さんの水分補給が始まった 
日に1度の痙攣止め:エビレナート薬は今日から朝晩2回に増えた
看護師が補給中に口内の洗浄に来てくれたが飲みながら歯磨きをされている気分になった

『良い天気だよ 母さん ゴルフに行った夫も気持ち良いだろうな…』
病棟はいつもより静かに感じる…
そうか!あの賑やかなFさんとUさんの声が聞こえないからだね 
確か今日明日はGW休みだって言っていたっけ 
母さんと私にはGWは関係ないね そう言えば正月も関係なかったし(笑)

水分補給が終わりに近づいた頃から母さんの左手が動き出し同時に開眼した
最初は黒目が上に上がっていてしだいに真ん中に戻り微痙攣が治まると目を閉じた 
こんな状態が4回あった また強い痙攣の兆候なのだろうか? 
胃に水が入った刺激だけでも反応が出ちゃうのかな?
今までに無い事だったので嫌な予感がした

1:50pm 経管ボトルを片付けに看護師が来た 
その時ベッドの角度を平らに倒し、床ずれマットを左に挟んで行った 
母さんは再び開眼して微痙攣を始めた

今日の母さんはちょっとした刺激だけで体が反応するようになっている
この状態では怖くて体に触れないと思った 
午前中に体拭きを済ませておいて良かった

微痙攣は20分近く続いてやっと治まったが眉間にしわをよせて
焦点の合わない目を開き続けるようになり声も発するようになった 
3時が近づいてくる 私の心臓がドキドキしてきた
気を紛らわす為に干しておいた毛布とタオルを寄せに物干し場へ行った 

戻ってきても目を閉じず微痙攣を繰り返していた
看護師が二人おむつ替えに入ってきた 
「ちょっと強くなったかな?」『替えの刺激でまた始まるかもしれませんね』
分かっていてもおむつ替えはやらなくてはならない 
私は怖くて後ろに下がった

やはりその刺激で目を明けたまま微痙攣が強くなったがそれも数分経つとまた治まる
この繰り返しが暫く続く

夫に電話を入れたが圏外で繋がらなかった 全く・・・
帰宅時間が遅くなるかもしれませんとメールを入れたが
看護師が水分補給の後に入れる痙攣止めを早めてくれると言ってくれたので
もう一度メールを送りなおした
【4時半 予定通り今から病院を出ます】後ろ髪を引かれる思いで病室を出た

8:30pm 病院に電話を入れた
母さんは薬が効いて安定状態で休んでいるらしい
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by r-petal | 2007-04-30 08:33 | Comments(4)
3度目の痙攣
昨日と違い良い天気だ

今日は姉にとって夫側の姪の結婚式 
めでたい日だが姉さんは母さんの事も気にかかるだろう

大丈夫だよ 姉さんの代わりに母さんをちゃんと世話するから
昨日の様に逃避したいなんて思わないから

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昏睡状態 経管栄養中止9日目 3階療養病棟33日目 発症から82日目

4月28日(土曜日) 
母さん、もう少ししたら長女がこの病院に来るよ 
昨日からまた持病の腰痛が出てね
土曜日の午後、診察が出来るのはここしかないの 
娘のアパートからは遠いけれどばあばにも会えるからってここを選んだみたいだよ 
一足先に私が受付を済ませておいたから初診でもそう待たずに診察が受けられると思う 
考えてみたら母さんがここに居るから私もここに居る 
だから家族もこの病院を受診した 
父さんの肺炎、夫の大腸検査そして長女 母さんを含めて4人だね
      
**********
12:30pm 1階外来の受付で初診手続きを済ませて病室へ
母さんはいつも通りに自力呼吸で目を閉じ寝ていた 
今日も左手が時々ヒクヒク動く 昨日より強い
予感が湧いた

外は大雨 携帯から長女に電話を入れた 
予約は入れたけれど雨が落ち着くのを待ってからの方が良いんじゃないかなって 
娘は診察を受けている間に雨が落ち着くと思うから予定通り行くと言った 
それも一理ある

午後の診療開始時間10分前に娘からメールが来た 一階外来へ下りた

先ずは看護師から簡単な問診そしてレントゲン その間私は翔悟を抱いていた

医師の診察が始まった時診察室の前の椅子に座って診察結果を廊下で聞いた
「ヘルニアだけど手術の必要はないと思う 直りますよ きっと直ります」安堵した

娘はこの病院で長期リハビリをする気はない 
通うには遠過ぎるので母がこの病院に居る間だけだ
物療室に娘と翔悟と向かいマッサージのIさんにお礼を言いがてら孫を見せた

毎日通っていてくれたIさんはもう母のマッサージは不要になった 寂しいものだ
でもね Iさんが行なっていたマッサージは完全じゃないけれど
私が受け継いでいるからね お世話になりました そして娘を頼みます 
翔悟と私は3階へ戻った

FさんやUさん、看護師さんたちが集まって翔悟をあやしてくれた

リハビリを終えた娘が来た直ぐ後、叔父夫婦が見舞いに来てくれた 
母の左手が来た時より動いているが分かる 更に予感が強くなった

おばさんが熱々の鯛焼きを持って来てくれたので談話室に移動した 
皆でそれを食べて叔父夫婦も娘も帰って行った 

病室に戻って暫くすると左手だけではなく顔も震え出した 
また始まる・・・そう思った 
直ぐにナースセンターに行き報告 痙攣は1分以内に治まった 
そしてまた始まった
この時は婦長も来てくれたが前回より短かった 
もうじき3時になる、気持ちを落ち着かせる為に院外に出た 
これが私の思い過ごしでありますように・・・
正直予感が的中したらまたあの痙攣開始の歪む母の顔を見る事になる
卑怯だが逃避したかった

病室に戻った時、母さんは開眼して口を大きく開け痙攣の真最中だった
床ずれ防止マットは部屋を出た時と逆の位置にあるから
おむつ替えが行なわれた後だ 
そして枕元にストップウォッチが置いてあった 
微痙攣の後のおむつ替えの結果はこうなるのは分かっていた

母さんは3度目の痙攣が始まった 時計は4分を経過していた
婦長と看護師を呼びに行った 
「薬どうする?」 『入れてください お願いします』

私に問わずとも婦長の判断で処置は出来るはずだ 
でも側に居る私の願いを先ず尊重してくれる
その時期が近い事が分かっているからこその思いやりだと思う

内服薬のエビレナード8mlが直ぐに経管から入れられた 
点滴とは違い即効性はないので薬が効き始めるのに3時間以上かかった 
その間Fさんが何度か見に来てくれた

『Fさん 薬が効いて痙攣は落ち着きますよね?』
「大丈夫 きっと効くよ」

『Fさん 叔父達が帰った後で良かった 
         こんな姿を見たらまた気落ちしてしまう』
「けさよさんも分かっているから皆が帰るまで頑張っていたのよ」

『Fさん どうしていつもこの時間帯なの? 
午前中なら父さんが居て、夜なら姉さんが居てくれるのに・・・』
「けさよさんはね YUKIさんならちゃんと世話してくれるって分かっているのよ」

『Fさん 母さんはどうしてみよしさんみたいに静かに死ねないの?』
Fさんは私のつぶやく様なこの問いには
隣で肩を抱いていただけで何も答えをくれなかった 

母さん、院長は痛みも全く感じないって言ったけれど私にはどうしてもそう思えない
どうして苦難な生き方を選ぶのかな? 母さんも私もそんなに悪い事をしたのかな?

姉と姪が来た 夫が来た 
薬もやっと効き始めてくれて母さんの痙攣は治まり始めた
19:10 夫と共に病院を出た

19:45 母さんの血圧は152/72 熱は36.1度 
痙攣止めの追加があったと姉からメールが来た
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by r-petal | 2007-04-29 06:38 | Comments(0)
母の入浴
今朝の雷には参った・・・
迅はともかく翔がトイレに行ってくれない
体をブルブル震わせて抱っこをせがむ

参ったことがもう一つ
昨日、夫が和歌山から戻り早目の夕食を取っていると次女からメールが届いた
「これから冬音を連れてそっちに行くから」文面はこれだけ

こりゃ・・・プチ喧嘩か(笑)
思わぬ訪問者たちで慌てて1人分追加した
冬音を次女が風呂に入れて私が服を着せていたら夫が珍しく米をといでくれた
が・・・水量を間違えたらしくて今朝のご飯はカチカチ(笑)
慌てておじやを作ったけれど・・・まだかなり残ってるし~~
次女夫婦のプチ喧嘩とカチカチご飯 どちらも大した事じゃないか(笑)

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昏睡状態 経管栄養中止8日目 3階療養病棟32日目 発症から81日目 

4月27日(金曜日)
母さん、夕べは久しぶりに二人の娘達が揃って泊まったよ 
夫が居ないからテレビを付けずに三人で…違った冬音や翔悟の笑い声や泣き声と
翔&迅の声の合唱と私たちの話し声で我が家はとっても賑やかだったよ 

食後冬音をお風呂に入れて汗を拭き拭き出てきたら
「翔悟も入れ頃だよ」って長女 
折角着た服をまた脱いでもう一度湯船に逆戻りして
再び出てきたらもう汗が止まらなくてね 
お陰でもう1缶ビールを開けてしまった(笑)

寝がけに次女が「明日のご飯は私たちが作るから母さんはゆっくりして良いからね」
って言ったのに6時半になっても起きてこないから自分で作った 
全く二人とも調子いいんだから…
午前中はあっという間に過ぎてしまったよ
母さん、今日の報告は以上かな・・・ 
   ***********

12時半、娘たちに見送られて病院へ
二人部屋はまた母さん一人の部屋になった 
みよしさんが寝ていたベッドはシーツが交換されて
次の患者を迎える準備が整っていた 

母さんは昼の水分補給されている真最中でボトルに未だ200ml残っていた 

何気に廊下に目をやるとFさんが向こうで「お・ふ・ろ お・ふ・ろ」と口パクしていた
〔けさよさんはお風呂に入ったよ〕と言っているのだろう 
私も「かみ かみ」と自分の髪の毛を指差して頭を下げた
〔母さんの髪の毛を切ってくれてありがとう〕の意味(笑)
ひげも綺麗に剃られていた 

昏睡状態で入浴なんて医療病院ではちょっと考えられないけれど
今日の母さんの入浴はシャワーのみ、ベッドごとD棟の風呂場へ移動されたようだ

ここは母たちが以前入っていた団体風呂ではなく
状態の微妙なお年寄りを入れる風呂場で母が入所したての頃
入浴拒否が続いたので最悪の場合私と利用する予定で見学した風呂場だ

Fさんを含め3人の看護師と体の皮膚を傷つけないよう洗ってくれた様だ 
その際母さんは開眼があったと言った
Fさんは「けさよさん ぱっちりお目目だったよ」と言ってくれたが
もう母さんは自力で目を明けることはない 体を横にさせられた反動だろう
私を喜ばせる言葉と現実と・・・いや、素直に喜ぼう 
とにかく大事に扱ってもらえて母さんは幸せだ

『お風呂上りだから保湿剤を塗っても良いですか?』
「勿論よ 特にかかとを念入りにね」
熱が出たのだろうか 枕にはアイスノンがあるのに母さんの足は冷たかった

顔色がちょっと変わった気がする 
熱があるので赤い顔はいつもの事だが幾分茶色になった気がする 
昨日から時々左手がピクピクと動くし…また余震痙攣が始まったのかな

10時のおむつ替え時には母はコートだったらしい 
Fさんはシャワーを流している時も母さんは便を垂れ流し状態だと言った 
水分だけの経管になって今日で8日目だから
便は経管栄養を摂っていた頃の残物だろうか 
いずれにしても母さんの腸は綺麗になった事だろう 
シビアな見方でごめんよ 母さん

3:00pm 和歌山を出発した夫から電話が来た 
5時半前後に高速バス停着予定らしい
いつもより早目に病院を出て直接バス停に迎えに向かおう

3:20pm 検温35.7度 低いようだが入浴で汗をかいたせいだと看護師が言った
血圧142/86 枕のアイスノンを外して行ったが顔は相変わらず赤かった

4:45pm 様子を見に来てくれた看護師に帰宅を告げて病室を出た
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by r-petal | 2007-04-28 07:39 | Comments(0)
同室のみよしさんの旅立ち
今朝は翔が大人しく寝ていたので迅が顔を舐めるまで久しぶりにゆっくり寝れた
5:55amしっかり日は昇っていた 
娘達も孫たちもまだ起きては来ない(笑)

昨日は夫が和歌山出張で不在だったので
娘達が孫を連れて泊まりに来てくれていた
夜、夕食後先ず冬音をお風呂に入れて続いて翔悟を入れた
いつも以上に長かったと感じた日は笑顔で終わった

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昏睡状態 経管栄養中止7日目 3階療養病棟31日目 発症から80日目

4月26日(木曜日) 
雑用を済ませて病院に着いたのは1時少し過ぎ 
母さんの病室のドアが閉まっていた 
洗浄日でもシーツ替えでもないのにどうしたのだろう 

看護師が大きめな箱を持って入って行く所だった 
その箱にはエンゼルケースと書かれたシールが貼ってあった

みよしさんのベッドはカーテンが引かれていて点滴一切が外されていた 
まさか…

カーテン越しに中の看護師に尋ねた『みよしさんどうかなさったのですか?』
看護師がカーテンを少し開けて「亡くなったの」と言った 手を合わせた

みよしさんは看護師たちに体を洗浄してもらい
真新しい寝巻きを着せてもらい、綺麗に死化粧をしてもらっていた 

Iさんが花束を持って来てベッドの上にそっと置いた
顔に置かれたガーゼをめくりおばあちゃんに手を合わせていると
次女が冬音を抱っこして入ってきた『しゅりも手を合わせてあげて』 
昨夜娘におばあちゃんの境遇を話したばかりだった 
せっかく母に会いに来てくれたけれど短時間で家に帰した 
どうせ今夜はわが家に泊まって行くのだし

Fさんの話だとおばあちゃんは私が到着する数分前に息を引き取ったらしい 
その瞬間には間に合わなかったけれど母さんと見送りをしてあげたかった
「因果な仕事でね…」Fさんも気落ちしていた

母さんは相変わらず自力呼吸が出来て安定した状態が続いている
血圧は130/80 微熱が出たのでアイスノンが置かれた

腕の浮腫みは手の甲から手首まで広がって来て
両足の浮腫みも増し決して良い状態ではないけれど
みよしさんと比べて死に際にこんなにも違いがあるのを目の当たりにすると
複雑な思いになった 

病室のドアは閉められたままの状態で
目の前に昏睡状態の母が居て
直ぐ隣にはつい先ほどまで息をしていたみよしさん
そして私 不思議な世界に居る気がする

世話をしていた夫が先立った為みよしさんにはもう身内が居ないそうだが
一体いつまでここに寝かされたままで居るのだろう 
もう3時間過ぎた 可哀相だ

母さん、おばあちゃんは世話する家族がいないから
きっと看護師や介護員に迷惑をかけまいとスッと息を引き取ったのだろうね 
それに比べたら母さんは甘えん坊だ

4時になって看護主任が病室に入ってきた
「こんな状態のままですみません」と言った 

市役所に亡くなって直ぐに連絡を入れたらしいが迎えに来てくれないらしい 
『知らない仲じゃないからどうぞお気遣いなく』

4時15分 Fさんがみよしさんの身の回りの荷物をダンボールに入れ始めた
形見分けする家族が居ないって寂しいものだな…全て処分されてしまうのだろう

4:26pm やっとみよしさんのお迎えが来た
3階病棟の看護師がみんな集まっておばあちゃんを見送った 
病院関係者以外の見送りは母さんと私だけだった

母の腕に顔を付けて泣いた
母さん、みよしさんは天国に居るおじいちゃんに会いに行ったのだよね

「YUKIさん、今日はゆっくり休んでね 見送ってくれてありがとう」
Fさんが手を握ってくれた I さんや看護主任からも同じ言葉をもらった

帰路 みよしさんの色々な顔が浮かんだ
コップを持ってにこやかに挨拶に答えてくれたあの顔

その日は機嫌が悪かったのかな? 
テレビに向けた視線からこちらを見ようとしなかったあの横顔

そしてやせ細ったが綺麗に紅を塗ってもらったあの最後の顔・・・

我が家の駐車場には長女と次女の車が止まっていた
家の中からは翔&迅の出迎えの声が聞こえてくる・・・

ドアを開けたらもう気持ちを切り替えなくちゃ!
「たっだいま~~」
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by r-petal | 2007-04-27 06:51 | Comments(0)
同室のみよしさん
昨夜、次女が夕食を済ませて帰った後 空を見つめながら思いを巡らせた
勿論母に対しての思いもあるけれど再び同室になったKおばあちゃんの事

療養病棟には色々な人生を背負ったお年寄りが集まっているが
Kおばあちゃんは寂しくないのかな?そんな思いが襲ってきた
再び一緒になったのも何かのえにしだろう
今日から苗字ではなく「みよしさん」と声かけしたいな

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昏睡状態 経管栄養中止6日目 3階療養病棟30日目 発症から79日目

4月25日(水曜日) 
母さん、記録本を読み直していたら去年の11月22日の出来事が目に留まったよ

その日の母さんは初めておしぼりを巻いた日でね 
いつもなら憂いのため息ばかりなのにいつもと違った笑顔交じりのため息をついて
部屋に帰ってからこう言ったの「YUKI、私はまだまだ死ねないな」って 

あの言葉は母さんが院内仕事を成し遂げた達成感からの言葉だったと思う 
自分は未だ役に立っている人間なのだって言う自信 
母さんはプライドの高い人だったからね 

今だったらきっとこう言うだろう「YUKIもう十分だよ 早く死にたいよ」って
でも今の母さんは自分の願う通りには出来ない状態
8ヶ月前と同じ ここで暮らしたくなくても強いられたように
そうしたのは私だ・・・

        ****************
1:30pm 病室に入ると昨日予想した通り母さんの酸素マスクは外されていた

顔を拭く時思った こすると痛みを感じないかなって
それほど母さんの皮膚は薄くなった気がする
優しくトントン調子だね 
そう言えば伯母が痒いと訴えた時このトントンをしてあげてたっけ

Fさんと母さんの入浴のことで話し合った 
先々週痙攣が起きてから中止になっている 
点滴も酸素マスクも取れた事だから母さんのバイタルサインさえ良ければ
明後日か来週の火曜日には入れてもらえそうだ 嬉しいな
「YUKIさんと約束したけさよさんの髪をカットしなきゃね」Fさんも嬉しそうだった

看護師が2人来てシーツ交換になった
『今日から水分量が300mlになったのですね』と主任に言うと
「本当に経管栄養は入れなくて良い?」と聞かれた

母さんのあの言葉が聞えた様な気がした『続行でお願いします』と答えた
腎臓低下が現れているようだから
もしかしたら日に900mlは更に浮腫みが出るかもしれない
その時はまた600mlに減らされるだろう

3階で歌会が行われた 
母さんの病室の前を車椅子に乗ったお年寄りが何人か通過して行く
会場の談話室は母さんの病室からすぐ近くなので
こいのぼりで始まった歌会は司会者の声もみんなの声も良く聞こえてくる 
私も一緒に母さんの髪を撫ぜながら小声で口ずさんだ

歌会の半ば、富士山の歌の途中後ろのドアが閉まった 何だ?
多分介護員の誰かがうるさかろうと気を使ってくれたのだろうが
それでも結構歌声は聞こえてくる(笑)
院内行事の最後の締めくくりはいつも【信濃の国】今日もそれが終わりの曲だった

3時のおむつ替えもいつも通りに看護師と終了 
尿量も結構あった 新たな床ずれもなし

4時の検温36.1度 血圧も130 安定状態 
顔が赤くなるのもいつもの事だ、母さんは凄い生命力だ

婦長が母さんと同室のKさんの様子を見に来た 
全く無反応で酸素マスクはしていないが母さんより状態が悪いように感じる 

「Kさんは身寄りがないの」その言葉はショックだった
『もしもの場合Kさんは誰が迎えに来てくれるのですか?』
「福祉事務所からの依頼だから多分・・・」
だからKさんには見舞い人も来なかったのね
こんな事なら元気な時にもっと一杯話してあげれば良かった
反面、どんな思いで母さんと私を見ていたのだろう

婦長は母さんの頬を触りながら「だからけさよさんは幸せよ」と言った
その言葉を聞く度私の方が母さんの側に居られて幸せなのだと思う
色んな人生を背負ったお年寄りがここには居るのだな…

K医師が母さんの様子を見に来てくれた
「ピクピクなどの微痙攣はありますか?」 私の居る限りその様子はない
「痙攣止めの薬も引き続き飲ませていきます」と言った
水分だけの経管について何か言われるかと思ったが
その事には何も触れず病室を出て行った

看護師が母さんの記録書きにR10と記入して行った 今夜は下剤服用か…

帰り間際、Kさんは母さんとは逆に酸素マスクをつけられた
 
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by r-petal | 2007-04-26 09:06 | Comments(0)
母さんの生命力
一昨日母さんの病院近くのパソコン修理店を訪れた
平成14年に買った私にとっては思い出深き二代目のノートパソコンの修理依頼

一昨年デスクトップを購入してから殆ど使用回数は減ってしまったけれど
このVAIOは自宅以外の場所で大活躍だった 
キーボードの文字は擦れてしまったり二度ほど修理に出した事があったが愛着がある 
何とか直したいと思ったが・・・

一部分解した所ハードディスクなどの心臓部分は健在だったが外部を同じPCと替え
内臓部分の一部を補修しなければ直らないと言われた 母さんと同じに思えた
勿論金額的問題もあったけれど、このVAIOはもう寿命なのだ 
もうこれ以上色々な手術をして更に酷使するより
静かにその時を迎えさせてやりたい気持ちになった 

店主と相談して手頃な中古品が見つかるまでの間ノートを貸してくれる事になった
が・・・一部欠陥あり 記録をCDに焼付けできないときた(笑)
そこで登場したのがフラッシュメモリ
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外形寸法は僅かW65XD17XH8mmで質量:約15gと超小型なのに容量は1GB!恐るべし
ホームセンターで一番お安いフラッシュメモリを購入して翔&迅のストラップを付けた

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昏睡状態 経管栄養中止5日目 3階療養病棟29日目 発症から78日目

4月24日(火曜日) 
母さん、夫の実家から父さんにお酒をあげて欲しいって昼前におじいさんが届けてくれたよ
明日父さんが取りに来るまで母さんの部屋の隅に置かせてね 

誰も父さんの事なんか気にもしないと思ったけれど義父母も立場は父さんと同じだ
後3人…みんなが長生きすれば私の体力が保つか不安だけれど
母さんは一番だった!残りの3人は平等に…(笑)
      *********
1:30pm 昨日と変わりなくは母さんは寝ていた 
口を半分開け時々いびきと大あくびを繰り返しながら・・・・
正確に言えば開眼は一度だけあった 3時のおむつ替えの時
体を横向きにされた事で意思とは反した行動だったが・・・

驚いたことに酸素吸入器の数値が更に下がって今日は1リットル 
この調子だと自力呼吸が出来て酸素マスクも要らなくなるかもしれない
 
昨日の午後からモニターも外され
意識レベルは一つ下がった状態での安定期といった所だろうか

母さんはここに入所になる前にT病院に6日間入院していたが
その病院には救急車で運ばれた
高熱と脱水状態で寝返りすら出来なかったのに翌日には殆ど回復した 
その姿を見た時、母さんはもしかしたら私より生命力があるかもしれないと思った
今も同じ思いだ 
あの強い痙攣状態に加えてまだ食事らしい食事が与えられない状況下で
変わらずしっかりと呼吸し続けている

娘たちが孫を連れて母に会いに来てくれた 
母さんはこの子らからエネルギーをもらっているのかな?ふとそんな風に思えた
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母の病室は二人部屋
今までは母さん一人だったが昨日の晩に誰かおばあちゃんが移動になったよと
姉さんが言っていたが、顔を見たらKおばあちゃんだった 

昨年10月26日から母さんが脳梗塞発症までの約3ヶ月間
母さんと同室で毎日声をかけていた 
母さんとは違い大人しくて1日中テレビを見ていたっけ

そう言えばこのおばあちゃんの見舞い人と一度も会ったことがなかった
ベッド脇には洗濯ネットがいつも吊るされていて
全て病院管理になっていたけれどその洗濯ネットと一緒に移動されて来たのだね 

『Kさん、お久しぶり』あの笑顔は返って来なかった
2日前から食事が取れなくなりここへ移動されてきたらしい 
元気に過ごしていても急変するのが療養病棟だ 母さんも同じだった

3時のおむつ替えもいつも通りに看護師がパットを替えてくれた後
母さんの尾骨周りと尻を拭いた

4時 母さんと年子の伯母から突然電話が来た 
伯母も腰の治療中で病院通いをしているが待ち時間の間ウトウトとしたらしい 
その間に母さんの夢を見たという 
元気でしゃべってイナゴを採って来たと伯母に会いに行ったそうだ 
嬉しい夢だが返って何か起きたのでは?と心配になったようだ
「けさは変わりないかい?」と心配してくれた ありがたいことだ

5時少し前 婦長が来た 
「赤い顔しているから血圧上昇があるかと心配したけれどそうじゃないみたいね 
水分量は今日500ml、点滴1本分しかないけれどどうする?
明日から経管栄養を少し入れる?」暫く考えたがもう少し延ばしてもらった
 
父さんにはこの事を知らせなかった
「お前に任せるから・・・」その言葉はもう聞きたくなかった
誰かが終止符を打ってあげなきゃ母さんは死に切れないだろう

5時痙攣止めのエビレナート入りの白湯200mlが母さんの鼻から入れられた
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by r-petal | 2007-04-25 08:39 | Comments(2)
昏迷状態から昏睡へ
昨夜、帰宅した夫が冬音を抱いてキッチンに入ってきた時はビックリした
家の前で次女と到着が同時だったようだ
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一昨日は長女の息子を風呂に入れたのは私だったので
次女の娘の入浴は夫に譲った 
よくしたものだ これなら夫婦喧嘩にならない(笑)

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昏睡状態 経管栄養中止4日目 3階療養病棟28日目 発症から77日目

4月23日(月曜日) 
1:00pm 病室に入った時看護師二人で母さんの体位を変えていた
今日の担当看護師は二階病棟に居た医療看護師だった
昼から100mlの白湯を経管から入れていると報告してくれた

母さん、透明な目やにが酷いね これじゃあ母さんが目を明けたくても明けられない
いつでも開眼出来るよう拭いておかなきゃね
顔を拭いている時、中耳炎の持病がある左耳を拭いた 
先日綺麗に取ったのにまた色の濃い耳垢が一杯タオルに付着した
少し奥を拭くと耳垂れが出てきた

こんな状況下だけれど婦長に報告するため
洗面器に幾つも浮いた母さんのこげ茶色の耳垢を見せた
「こんな色の耳垢が出てくるんだ」婦長もFさんも驚いていた 
耳の奥はもっと酷い状態だろう
でももう耳鼻科診察をしてもらっても母さんが痛い思いをするだけだろう 
訪問診察を頼まなかった

3時少し過ぎた時担当看護師二人が病室に入ってきた
「これから体の洗浄とおむつ替えを一緒に行ないますので廊下でお待ちください」と言った
この8ヶ月間私は一度としてこんな言葉を言われた事がない ちょっとビックリした

『一緒に手伝いたいのでよろしくお願いします』今度は看護師が驚いた顔をした
私の言葉に驚いた看護師が体を支え 私は新米の看護師と一緒に体を拭いた
「手馴れていますね 長女さんですか?」一瞬意味が分からなかった
「娘さんですよね?長女さんですか?」同じ質問を繰り返した
確かに戸籍の紙切れ上では私は長女と記されている 
でも介助とそれが何の関係があるのだろう
『いいえ 次女です』長女だろうが次女だろうが出来る家族が行えば良い事だ 
私はその出来る立場の家族なのだから

4時 前日予約しておいた女医と婦長が病室に来て今後の治療方針の説明があった
昼に100mlの白湯を経管から入れて異状がなかったので夜から100mlの白湯と
飲み薬の痙攣止めバルプロ酸ナトリウム:エビレナートを入れる事になった
今回も女医からインフォームド・コンセントはなく自宅でネットから調べた

点滴は2本/1日から 日に1本に減らす 
状態が良ければ明日から朝100mlの白湯 
昼から200mlの白湯に移行し計500mlの水分補給
瞳孔は散大状態ではないが意識がなく昏睡状態だと言われた

4時半 婦長が再び部屋に入ってきた
院長からの伝達で
現点滴は水分補給と痙攣止めのアルビチアンを投与する為の物だったので
夜10時で外す事になった 更に白湯に経管栄養も検討中だと追加報告があった

帰り間際酸素量が5リットルから3リットルに下がった 母の酸素数値はほぼ100%
昏睡状態でも母さんはしっかり呼吸をしているのだ
       ************
母さん、いよいよ旅立ちの時が近づいてきたのかな? 
今の母さんの状態なら苦しむ姿をみんなに見せずに逝けそうだね

私がどんなに母さんの側に居たくても
時間が来れば帰らなきゃならない家がある 

私がどんなに母さんを思い、涙したくても
家では笑顔で過さなきゃならない 
早くおうちへ帰ろう
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by r-petal | 2007-04-24 12:35 | Comments(2)
続:看護師と共に。。。
母さん、昨夜長女と孫が泊まりに来てくれたよ 翔悟は私がお風呂に入れたの
太ももが凄いがっちりしてきたよ 
この子は丈夫に育つのかなって随分心配させられたけれど無用だったね 
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今朝、洗濯をしようと思ったら長女と翔悟の着替えが洗濯カゴに入っていなかった 
最初は水くさいなって思ったけれど娘の思いやりなのだって思いなおした 
洗濯カゴには母さんのパジャマやシーツがあったから私を気遣ってくれたんだ 
娘のバッグにしまってあった洗濯物をネットに入れた

考えてみれば娘はいつもそうだった
洗い物をしたり掃除してくれたり・・・早くも私は娘に世話されているんだ(笑)

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微痙攣 経管栄養中止4日目 3階療養病棟27日目 昏迷状態76日目 
4月22日(日曜日)

1時少し過ぎに病院に到着 
下駄箱を見たら姉さんのサンダルがあった もう来ていたんだ
「手足を拭いておいたからね でも怖くて母さんの体に触れられないよ」と姉さんが言った

点滴は左手から左足首に変わっていた 
シーツ替えが行なわれていたが今日はその日ではない
タオルに付いていたシミは点滴替えの時だろう 両手はしっかり浮腫んでしまった

母さんの血管では点滴はそう長く続けられないだろうな・・・だとしたら良い事が一つある
痙攣止めのアルビチアン薬は使えなくなる
が・・・微痙攣がある以上は何かしらの処置は続けなければならないだろう
 
IVHに切り替えるのだろうか、
それとも経管栄養を始めその食事に飲み薬の痙攣止めに変えていくのか・・・
また医師と話し合いになりそうだ

姉さんが帰って直におむつ替えになった
『お尻を拭きたいので待っていてもらえますか?』洗面所からお湯をくんできた
看護師が母さんの体を横にして支えてくれたので先ず床ずれの箇所を拭いて尻を拭いた
湿ったままでは気持ちが悪かろう、新しいタオルで水分を取った

尿取りパットは濡れてはいなかった 
他の時間帯の排尿の様子は分からないが
昨日と今日3時の時点では確実に尿量は減ってきていた 
その分が体の浮腫みに繋がっているのだろう

帰り際母さんが咳き込んだ 痰がからんだのだろう
私はナースコールを押さなかった 
モニターで管理されているのだから異常と判断されれば看護師が来るだろう 
コーヒーカップを洗いに洗面所へ向かった

戻ってきたら看護師が母の側にいた「心拍数が高かったので・・・」
母さんはもう落ち着いていた
『咳き込んでいたからそのせいだと思います』心拍数も直ぐ正常値に戻ったらしい

母に帰り言葉を言ってからナース室に声を掛けて階段を下りた
もうじきその時間になるのだから私はあえて看護師に痰取りを頼まなかった 

母さんは結局一度も目を明けなかった
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by r-petal | 2007-04-23 10:43 | Comments(0)
看護師と共に。。。
今夜長女と孫が泊まりに来る 賑やかな一夜になりそうだ
どちらが翔悟を入浴させるか・・・夫とまた議論になりそうだ

母さんの病室で使っていたノートパソコンが壊れた
前々から調子が悪い時があったが今朝遂に立ち上がらなくなった
大事なデーターはCDに落としてあるので支障はないが
お前は母さんより若いはずなのに・・・老衰か

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経管栄養中止3日目 3階療養病棟26日目 昏迷状態75日目

4月21日(土曜日) 
母さん、今日夫がゴルフに行ったの 
出掛けるとき「天気と客の様子でもうハーフ回ってくるかもしれない」と言った 
私は「ど~ぞ ど~ぞ」って心から笑顔で言ったよ
夫の帰りが遅ければ遅い分母さんの側に居ることが出来る(笑)

      *******
病院の駐車場に着いた時お昼のサイレンが鳴った
家族が昼食介助に来ている時間と重なったので車は一台しか止めるスペースがなかった

母さんは昨日ほど赤い顔はではなかった 
暫く様子を見ていても痙攣は起こらなかった
ただ口をやたらに動かして左手に時々微痙攣があった
時々「うー」と声を発する

目を明けてくれた時は声を発しなかった
声を発してくれる様になったら今度は目を明かなくなった
母さんが声を出し目を明けてくれたのはあの時 たった一度だね

直ぐに看護師が入って来て午前中の様子を知らせてくれた
熱は36.9度 赤い顔は薬のせいかもしれない
痙攣止めのアルビチアン効果が現れ大きな痙攣は女医が言ったように確かに止まった
母さんはこの薬を20mlのシリンジで3本を午前10時と夜の10時
日に2回投与されている

『この痙攣止めが効かなかった場合、次の処置はどうするのですか?』
一昨日母さんにこの薬を使うとK医師が言った時、問いかけた言葉だ

「大丈夫です この薬で効果がない事はありません」ときっぱり言った
最後の最後まで私はこの女医からインフオームド・コンセントが与えられなかった

まるで患者は安心して医者の言う通りにしておけばいい そんな言い方だった
この女医だけではなくこの病院で私が関わった若い外科医達は一度として
使用する薬の副作用や合併症の説明をこちらが尋ねない限り成されなかった
家族側にも医者に任せておけば大丈夫・・・みたいな気持ちがある 
先の短い年寄りだから・・・そんな傾向が双方にありありと見えて切ない
母さんは薬によって痙攣を抑えられたが
その薬によって内臓器官を破壊されていくのだろう ジレンマだ

従姉が来てくれた 叔父夫婦も来てくれた 
賑やかな親族が集まってくれたが母さんは目を明けてはくれなかった 
夫もやって来た ゴルフは1ラウンドで終わりにしたようだ 残念

3時のおむつ替えを機に一同が帰った
母さんの世話は302号室に移動されてから
介護員ではなく全てが看護師担当になった
今日も母さんの下半身には触る勇気がなかった 
尿取りパットは殆ど濡れてはいなかった

3時半 帰り支度を始めたら別の従姉からメールが来た 
これから見舞いに来てくれるという
やった!病室居残りの理由が出来た 夫に帰宅時間が遅れることを連絡

到着した従姉と話をしているとM看護師が様子を見に来てくれた
「何かお手伝いすることがありますか?」と尋ねてくれたので
『母さんの足を拭いてやりたいんです 大丈夫ですか?』
バケツにお湯を入れてきてくれて二人で分担して洗浄した 
看護師は足を拭き私は保湿剤を塗った
少しだけ勇気が湧いた気がする 
明日から看護師と一緒に今日の様に出来る世話をしていこう

夫と最初に約束した帰宅時間を40分遅れで病室を出た
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by r-petal | 2007-04-22 08:09 | Comments(0)
痙攣二日目
痙攣発症から三日目の朝を迎えた
早朝母の病院へ電話を入れた
昨夜の母の様子は変わりないと言う 血圧も安定して心拍数は70~80
酸素吸入の数値を7リットルに増やしてから呼吸も安定しているらしい
問題の痙攣は付きっ切りで看護師も監視出来ないから
モニターで異常がない限り安定状態なのだろう

一昨日の晩から経管栄養は中止された
ニソリの維持点滴のみ
母さんの体力は更に落ちるだろう

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痙攣2日目 経管栄養中止 3階療養病棟25日目 昏迷状態74日目

4月20日(金曜日) 
母さん、今日は娘達と孫達に会えて良かったね 
冬音も翔悟もこの間会った時よりまた少し大きくなったでしょ 
ばあばの事が大好きで心配しているよ ふたりを一杯愛した証だね
    ***********

12:30pm 母さんの頬は赤かった 電話での夫や看護師の話より辛そうだ
痙攣は左手と顎部分に残っていて常にピクピクと動いていた

二階病棟に居た時母さんは痙攣予防薬アルビチアンで
肝臓数値が上がって黄疸になったことがある
この薬は脳の中枢に作用して確かに痙攣を抑える作用はあるが
慎重投与が必要な薬でもある
素人の私が調べただけでもその危険性が分かる 

特に母さんのような高齢者や脳梗塞改善治療薬を沢山使って弱った体には
肝機能障害が起こるのが目に見えていたし現にその障害が出て即中止になった
前回同様同じ症状を引き起こすのを心配して
無使用と判断したけれどその時はその時だった
こんな事なら二度目に痙攣が起きた時にその薬を使用すべきだったと後悔した 
ごめんよ、母さん
私はまた判断ミスをしちゃったね

Fさんが様子を見に来てくれた 
『今日は母さんの顔を拭く程度しか出来ません』
「YUKIさん、昨日のおむつ替えの刺激で痙攣が起こったと
また自分を責めているでしょ 違うのよ 痙攣は突然起こるものなの 
昨日一度目の痙攣が治まった時のお母さんの顔見なかった? 
YUKIありがとうってお礼を言っている顔だったよ」
うつむいた 自信がない
「怖いなら無理しない方が良いね」と私の手を握ってくれた

あんなに頑張って保湿剤を塗ってきたのに
痙攣後たった一夜でカサカサ状態になってしまった
高熱と高血圧と経管栄養がストップされて・・・
痙攣で眉間にしわが出来、浮腫みがあって・・・
母さんの体はまた二階病棟に居た時と同じになってしまった

昨日右腕に刺した点滴が沢山漏れて
今朝左手に射し変えられた様だが右手は一気にパンパンに浮腫んでしまった 

1時間の内に何度か痙攣が起こる、時間は長くて30秒以内
治まる頃「う~ん」と声を発して息を吸う 
痙攣時間が長くなればなるほど辛くなるだろうと心配したが
回診に来た院長が本人は全く痛みなど感じていない状態だと言った 
それだけが救いだ

「お母さんは次の段階に入ったね 
最終的には気管支肺炎は避けられないだろうな」と言った 

結果を予測出来ていて何も処置出来ない 
仮に処置しても先に待っているのは同じなら
何故母さんを楽にしてやれないのだろう 何故そんな法律があるのだろう
母さんがもし自分の意思を伝える事が出来るとしたら
こんな風に無駄に薬を使わずもっと必要としている人に使えって言うだろう 
母さんはそう言う人だった

3時のおむつ替えは看護師二人に頼んで
パットとシートを敷き易いように準備だけして手渡した 
とても母さんの今の体の状態で下半身に触る勇気はなかった
浮腫んだ右手 点滴されている左手、微痙攣状態 
母さんもまたガラスの状態だった

昔、叔母をベッド型の車椅子に乗せて
談話室に連れて来てくれた若い介護員が病室に来た 
あの時が元気だった二人の最後の姉妹再会になってしまったが・・・
「けさよさん痙攣が治まりましたか?」 
『30分から40分間隔で短い痙攣が続いているの』
暫らく母さんの顔をじっと見ていて黙って病室を出て行った 
彼女は泣いていた

4時を過ぎてから母さんの痙攣感覚が10~15分置きに短くなった 
痙攣時間は変わりなく長くても30秒以内

5:25pm 看護師が氷枕を替えてくれた

5:40pm 今日何度目かの痙攣が治まるのを待って病室を出た
ナースセンターに立ち寄り母さんの痙攣間隔と時間を報告して病院を出た
「夜間になればまた痙攣止めの薬が使えると思うよ」と言った婦長の声が耳に残る
仮に痙攣が治まったとしても次は母さんの体に何が起こるのだろう・・・
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by r-petal | 2007-04-21 07:34 | Comments(0)