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二ヶ月ぶりの入浴
ダックスのジージョ君の刺繍タペストリーが出来上がった
包装しお礼状などを入れ明日発送予定
オーダーさんが喜んでくれると良いな。。。
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母さんと過す時間も私にとっては大事な時間だけれど
仕事に没頭出来たこの数日間も楽しかった

3月30日(金曜日) 
経管栄養8日目 3階療養病棟4日目 昏迷状態53日目 

夫を見送ってから刺繍仕事に取り掛かった
今回は3回目にやっと自分で納得した仕上がりになった
オーダー数は2枚 
残りの一枚も仕上げなくちゃ!って事で今日の訪問時間は30分遅刻(*≧m≦*)

2:00pm 良かった、今日も母さんは目を明いて迎えてくれた
あれ?鼻の下にちょっと出血跡あり ひげを剃ってもらったのだね
隣のTおばちゃんの用事に来た看護師に顔そりのお礼を言ったら
母さんは今日入浴したと教えてくれた 
お風呂なんて1月最後の火曜日に入った以来だから何と2ヶ月ぶりだ 
さっぱりしたかな? 良かったね 

記録書き:尿量800ml 昨日は1000mlあったのにちょっと減った
来た時も100ml 早朝は36.8度、熱なし、でなければお風呂には入れないか(笑)

血圧も116/67 入浴とアブノールで床ずれも更に落ち着いたかもしれない
10時に便ありK3(玉子位の大きさ)とあった 
口内の舌苔も歯ブラシで綺麗に取り除かれていたし
午前中に看護師からのリハビリもあったみたいだ 順調にケアされている
暫くすると母さんはウトウトし始めた

2:30pm 検温37.2度 アイスノンを持ってきた
母さんは午後になると熱が出る感じ 昨日も同じ頃発熱したし・・・
そして咳き込むとその後とても嫌な顔をする 
喉が痛いのかチューブに違和感があるのか、
いずれにしても気持ちの良い物じゃないよね 見た目も痛々しいし

左手の浮腫みは昨日より幾分状態が良いように思える 今日もマッサージをした
でも硬直はこんなマッサージじゃ効果ないのかな? 全然伸びてくれない

5:05pm ほぼ定刻に母さんの食事が来る
目は明けているけれど食事の時の母さんの顔は毎回無表情だ 
元気な頃の母さんは「不味い」って言いながらも食を楽しんでいた所があった 
特に私が最後に会った時の母さんは「美味しいよ」ってちらし寿司おにぎりを全部食べた 

時間が来て無理やり突っ込まれるのはやっぱり食じゃない、薬と同じだ
今の母さんにとって経管栄養下は死を迎える者に悪戯に時を延ばしている気がする
3階に来て初めて悲観的な気持ちを抱いた 
状態も安定しているしケアも満足感があるのにこの気持ちは何故だろう?

母さんの食事が僅かになった頃介護員Fさんが来た 今までの色々な思いを吐き出した
二階病棟で治療全ても点滴全ても拒否した気持ちも吐き出した 今の気持ちも吐き出した
「どんなに世話しても悔いは残ります 
でも達成感がそれらの悔いをなくしてくれますよ」と抱きしめてくれた
Fさんは私にとってソーシャルワーカー以上の存在だ
縁あって出会えて本当に良かったと思う 母さんのお陰だ

でも今の私の成し遂げる事は何だろう? 達成する目標って何だろう? 
答えは出て来なかったが吐き出した事でまた頑張れる『乗り越えます』

6:00pm 病室を出る時母さんに謝った
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by r-petal | 2007-03-31 10:38 | Comments(0)
より良い環境下で。。。
3月29日(木曜日) 
午前中我が家に来るはずだった長女と翔悟だったが
10時頃風が強いから今日は行かれないとメールを送ってきた 
そうよね・・・下手に出歩いて翔悟が風邪を引いてまた入院も困る
「どこでもドアが欲しい」と長女
私だって欲しいよ その魔法のドア

生後暫らくはちっとも体重が増えなかった翔悟も5キロを突破
それも殆ど娘だけの母乳でこんなに大きくなれた 
生まれて直ぐに感染症で小児科入院
生後44日急性鼻咽頭炎で再入院と
スタートは決して順調じゃなかったけれど子供の生命力は強いね 
おっと。。。母さんの生命力も強い
経管栄養7日目 3階療養病棟3日目 昏迷状態52日目 

丁度良かった午前中は刺繍仕事に専念しよう 
何とか1枚縫い上げたが・・・ちょっと気に入らない箇所があったのでやり直し
あっという間にお昼になってしまった

一人で食べるお昼なんて味気ない ここ数日娘達が居たので余計にそう思う
朝の余り物をおかずに昼食、あっと言う間に終わり
誰も来ないし・・・今日は早めに病院に行くか
       *******
1:00pm 母さんは目をつぶったまま昼食中 母さんの昼食も味気ないね
でも、さすが3階の介護員さんたち・・・
母さんの顔は綺麗に洗浄されていて私の仕事は一つ減った
食事中と食後20分間は体を刺激したらいけないので体拭きはもうちょっと待ってね

30分後洗面所に向かう途中で介護員Fさんに歯ブラシを持参した事を報告
暫らくすると今度はFさんが病室に来て市役所からの報告をしてくれた

そうだった、母さんの介護認定の期限が3月31日で切れるんだった 
でも3階に来てから母さんは介護保険ではなく医療保険の長期療養型に属した為
もう市役所の介護認定の審査を受ける必要もなくなった 
Fさんが市役所に保険変更の電話をしてくれたようだ
「YUKIさん 分からない事は何度でも聞いてね
私も分からない時は事務所で調べてもらうから」
介護保険負担限度額申請(2月1日のブログ)の苦い経験を知っているFさん 
ありがたい言葉だ

手足の様子を見る ありゃ~左手が更に浮腫んでいる感じだ
安静時間が終わるのを待って手足の洗浄 そして左手のマッサージを開始
これが刺激になったのか今日は帰る時間になってもずっと目を明いていた
マッサージ師のIさんに教わった通り軽く心臓へ向かってゆっくりゆっくり
いつからかはっきり記憶がないが二階病棟に居る時に
母さんの左手は不自由な右手同様まっすぐに伸びなくなった 

特に指の第三関節が90度で曲がったまま 
右手の二の舞いにならない様に今からでも何とか維持したいな
マッサージをしていると痛みを感じてなのだろうか、無意識の反応か、
母さんは思いっきり私の手を握り返してきた 
久しぶりに結構な力だ 嬉しいけれど爪が食い込んで痛い
この間切ったばかりなのにまた伸びていたので爪を切った

暫らくマッサージをしていたら母さんの顔が赤くなってきた
ヤバ・・・強すぎたかな でも幾分浮腫みが引けた気がする
様子を見に来た看護師に告げると熱を測ってくれた 37.4度アイスノンが置かれた
丁度マッサージに来てくれたIさんに懺悔した これって私のせい?
看護師とIさんが笑っていた でも余り強い刺激は良くないのかもしれない 
ほどほどにしよう

4:30pm「けさよさん~ちょっと早いけれど夕飯だから」と出前が届いた
確かにいつもより30分早い
母さんの膳の支度をしながら(点滴台に流動食パックを吊るす)
「世話中、けさよさんの事で困ったことがあったら何でも聞いてくださいね」
と言ってくれた ので・・・早速(笑)

左手の指の屈折をどうすれば良いのか質問した 
「待っていて 用意するから」
数分後ガーゼを芯にしたあてがいを作ってきてくれた しかも両手用に二つ 
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そして毎日午前中に看護師が行うリハビリも
特に両指を念入りにするよう申し送りをしてくれるらしい 
母さん・・・ありがたいね 
両指が曲がったままになったらもう誰の手も握れなくなるものね
酷かった床ずれも3時のオムツ替えの時に見させてもらったが
更に良い状態になっていた 嬉しいね

五時半 帰宅時間だ 母さん帰るよ 
今日は気張ってずっと起きていてくれてありがとう

廊下を歩いていると談話室で夕食を取ったひろこおばあちゃんに会った
私の顔を見て微笑んだので「ひろこさん私の事覚えている?」とおそるおそる聞いた
「知ってるよ~~」とまた笑ってくれた 
予想に反した言葉が返ってきたが・・・真意は分からない
追求して全く記憶になかったらまたがっかりするので気を良くしたまま階段を下りた
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by r-petal | 2007-03-30 06:58 | Comments(2)
経管栄養6日目 3階療養病棟2日目 昏迷状態51日目 
3月28日(水曜日) 
10時のお茶の時間に間に合うように長女&翔悟 次女&冬音がやって来た
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余りの上天気だから娘たちと孫達、それに翔&迅を連れて散歩に出掛けた
翔悟と冬音はお揃いのベビーカーに乗せられゆっくり歩くその振動で寝ていた
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散歩から戻って皆で昼食を取り娘と孫に見送られて家を出た 
きっと今日も母さんはしっかり目を明けてくれていると期待したけれど
昨日の引越し疲れが出たのかな? 殆ど午後半日寝ている状態だった
*******
1:30pm 古巣に戻って2日目の母さんは私が病室に到着したときは
昨日と違い昼食を終えた後だった そして就寝中だった
『外は晴天なのに寝ていたらもったいないよ、母さん』
と呼びかけたけれど目を明けなかった

看護師が入って来て口内洗浄、舌苔はなかなか取れなくて苦戦していた
「歯ブラシはありますか?」と聞かれたが入れ歯用の歯ブラシしかない
『2階ではスポンジ棒で洗浄していました』と言うとそのスポンジでは綺麗に取れないと言う
『これから買ってきます』と言うと今日は刺激を与えたので明日で結構ですよと言った
過去何度かあったが余りこすり過ぎると舌から出血してしまうからだ 

鼻から入っている管を固定するために貼ってあるテープを外すと皮膚が赤くただれていた
少し出血もあり痛そうだと思うが・・・
看護師はその赤くなっている同じ所に新しいテープを貼り替えた
介護員Fさんにこの事を伝え次回は薬を塗ってから貼ってもらえる様頼んだ

記録書きによると仙骨にアブノールの薬を塗ってくれたみたいだ
以前母さんのお尻が荒れるとよく塗ってあげたもんだ 
10:00am時点で尿量300ml
昨日の1:00pmから21時間経って200mlしか出ていない事になるが
今日はその後500ml近く出ているのでまずまの量になるのかな

一昨日から左手首が幾分浮腫み始めている 
左足も一度は引いた浮腫みもまた浮腫み始めた気がする 
両指もベッドのシーツに当たっている部分が赤くなり始めた 床ずれの始まりだ 
同じ場所ばかり当たらぬよう定期的に手の甲の向きを変えた

2:30pm 看護師二人で母さんの体の洗浄に来てくれた 
二階病棟で一昨日やってもらってばかりなのにまた洗浄してもらえてラッキーだね
眠ってばかりいた母さんも体を動かされる反動で無理やり起こされた感じだ
更に痩せちゃったね、母さん 
でも心配した尾骨周りの床ずれは3階に来てビニールテープがはがされ
薬を塗ってもらって乾燥していた

看護師たちは母さんのパジャマの脱ぎ着に苦労しているような気がする
まるで丸太に服を着せているように見えた
『肘や膝はもう曲がらないのですか?』と尋ねると
幾分堅くなり始めているようだと言った
でも今日から母さんは今まで受けていたマッサージ師のIさんに加え
3階看護師によって日に20分程度のリハビリを受けてもらっているようだ 
強い薬品使用はもう沢山だけれどそういう自然のケアを受けさせてもらってありがたい

母さんは昨日の夕方一旦下がった熱がまた上がって午前中は37.6度 
4:00pmの検温時には37度に下がったが保冷剤で冷やされている状態 
「けさよさん 熱が下がったらお風呂に入れるからね」と看護師は呼びかけて出て行った
 
古巣に帰ってきた母さんは療養型の医療保険適応になった 
以前は同じ療養型でも介護保険で支払っていたので結構な金額だったが
医療保険に変更された事で入院費は以前より安くなるようだから父さんにとっては朗報だ 
院長はこの金銭的な面でも母さんが3階に戻るよう勧めてくれた
ただ介護保険適応時は週に2回お風呂に入れてもらえるが
医療保険適応になると週1回だけになる 
ま・・・元気な頃から母さんは入浴拒否していたわけだから1回でも十分だろう 
早く熱が下がってお風呂に入れると良いね 

廊下でおしぼり巻きの仕事から帰る途中の君子おばあちゃんに会った
『おばあちゃん 私の事覚えている?』以前私の事をねえさんと呼んでいた
「おぼえてないよ 名前は?」と言った 
母さんだって時間単位で忘れた位だから
50日も会わなかった君子さんが覚えているはずがないか・・・

5時近くなって突然目を明いた母さんの目の動きがおかしいと感じた
見つめてくれると思っていたがどうもそんな感じとは違う 瞳が追わない 
瞬きで中央に戻るがその目は器械運動のように左側に下がっていく 
そして瞬きで元の中央に戻りまた左に流れていく・・・
母さんは人と認識して見るのではなく動くものに反応しているだけだった

5:00pm 母さんの食事時間になった
今日はいつもの食事に100mlの白湯が追加されていた
これで少しでも尿量が増えれば浮腫みもこれ以上起こらないんだけどな・・・

母さんは昨日と違い何か生気のない顔で食事を受けていた
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by r-petal | 2007-03-29 08:16 | Comments(2)
古巣へ
3月27日(火曜日) 経管栄養5日目 医療病棟から療養病棟へ

1:00pm 遊びに来ていた長女の見送りで家を出た 病室には1:30pm到着

母さんはベッドを20度位上げられ食事の真最中で未だボトルには50mlほど残っていた
枕の代わりに使用していたバスタオルは外されアイスノン、脇にも保冷剤が置かれていた
未だ熱が下がらないのだね・・・目を明けている母に問いかける『母さん辛くないかい?』 
様子を見に来た看護師が午前中は37.6度の熱だったと教えてくれた

導尿バッグの尿量も一気に減って100ml(毎朝午前中に集尿される)
点滴から経管栄養に変わったので水分量が落ちた事と
利尿剤が食事に混ぜられる薬に変わった為直ぐには効果が出ないらしいが少ない
今日から母さんの食事は300ml/1食と更に増えたようだ
熱がある為ドリップスピードは落とされた(熱で痰が増えるのを防止するため)

経管栄養食はお年寄りの体格などにより違うらしいが最高で1200ml/1日らしい
母さんは900ml/1日だから順調に食事が取れている事になる

2:00pm 3時間かけてやっと食事終了
『母さんの食事時間は長いね』と言ったら看護師が笑っていた
ボトルを片付けに来た看護師に母の顔拭き許可を聞いたら
食後直ぐでも大丈夫だと言われた ベッド倒しは20分後ならOKらしい 
早速洗面器にお湯を入れて来て母の顔を拭いた

内臓に食事が入って体力が付いたのか今日の母さんは目を明けている時間が長い
ずっと私の顔を見ていてくれた

2:30pm 看護師が口内洗浄に来てくれた
口の中は結構な痰量で舌の上にも舌苔(ぜったい)しっかり付いていた 
舌苔とは舌の表面にできる白色または褐色の物で
これが喉に詰まったら本当に窒息死に繋がる
母さんは嫌でもしっかり取ってもらわなければならない

看護師が出て行ったのと入れ違いに院長が部屋に入って来てドアを閉めた
『何だ?』外部に聞かれたくない話なのだろうか・・・一瞬鼓動が早まった
「良い顔をしているね~」と相変らず威勢の良い声だった
「どうかな、三階に移動しないか?」と言った
「肺炎のリスクがあるからこのままここに置きたいが三階の方が居心地が良いと思う
今までの様子を上から聞いているから娘さんも世話もしやすいと思うよ」と付け加えた

『3階に移動しても今まで通りに会いに来ても良いのですよね?』
「当たり前だよ」院長は私のお尻を一つ叩いて出て行った セクハラだ 
この事を姉に伝えるため駐車場へ出た 外の自動販売機でホットコーヒーを1缶買った
コインを入れてボタンを押したら・・・何と缶コーヒーが3本一度に出てきた ラッキー(笑)

3階に戻れる! これは母さんが頑張ったご褒美だ 
5ヶ月間母さんと過した思い出多き場所で馴染みの介護員やおばあちゃんが沢山居る
『母さん 引越しだよ』浮かれる私を母はじっと見ていた
ロッカー内を片付けているとFおばさんが入ってきた 
耳はおばさんの話に傾け手は引越し準備を進めた(笑)

荷物の片づけが一区切り着いた頃長女から翔悟の添付メールが届いた
夫が買ったこいのぼりを見て笑ったらしい 
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4:20pm 母さんはストレッチャーに乗せられ一足先に3階へ
私と看護師で荷物を台車に載せて3階へ上がって行った

引越し先は308号室 二人部屋
東に大きな窓があって明るいし綺麗だ 医療病棟特有の異臭がない
廊下から懐かしい声が聞こえてきた 介護員のFさんだ! 慌てて廊下へ出た
私だと分かると頭を深々と下げ飛んできてくれた
「YUKIさん お帰りなさい」と抱きしめてくれた 懐かしい匂いがした

『Fさん着いた早々わがまま言っちゃいますが良いですか?』「勿論よ、何?」
私が病室に入ったとき母のベッドは西を頭に顔は壁側を向いていた
『この方向だと母さんは一日中壁を見ている状態になるのです 
ベッドの向きを90度回転して窓の景色が見えるようにしたいの』
母はもう自力で首を動かす事が出来ない状態で常に左を向いている 

Fさんは快く方向転換してくれた 3階病棟の利点はどの部も広いこと
『この青い機械は何ですか?』 母のベッド下に小さな箱状の機械が取りつけられていた
「これね 自動のエアーマットなの 
引っ越してくるって下から連絡があった時から電源を入れて待機していたのよ」
例えそれが仕事上の行為でもその言葉で胸が熱くなる ここは古巣だ
母さんと私は古巣に戻ってきたんだ 

「エアーマットでけさよさんに褥瘡が出来ないようお世話するからね」
『Fさん、もう母さんの尾骨周りには床ずれが出来ちゃってるの』
「嘘? じゃあこれ以上酷くならないように夜間も体位変換をきちんとするから」

2階医療病棟では中心的に仕事をするのは看護師で
介護員は余り手出しせずオムツ替え程度 パジャマや洗浄も看護師が勤める 
スポンジ製の枕で2時間毎の体位変換も看護師の仕事だ

毎日この様子を見ていて看護師の仕事が多過ぎて
手薄になるのがこの2時間毎の体位変換だと分かった 
先ず時間通りには来ない・・・と言うか来れないのが現状だ 
緊迫した患者が多ければ多いほど不可能になってくる 
決して手を抜いているのではないのだろうが・・・

私は母さんの側に居られる時はなるべく頻度に枕を変えてきたが
それだって些細な効果で役には立たなかった 
でも3階病棟の中心的仕事は殆どが介護員 
ケア面では看護師より絶対的に介護員の方がプロ
Fさんの言葉を信じ私も家族の最後の務めとしてなるべく手伝える事はやっていきたい

5:00pm 母さんの夕食が始まった サンエットSA300ml カロリーは300kcal

母さん。。。私は明日から今までと違う気持ちで会いに来れそうだよ
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by r-petal | 2007-03-28 09:09 | Comments(2)
3月26日(月曜日) 経管栄養4日目 医療病棟49日目
先週の土曜日から仕事を始めた
制作費は高価ではないがネットから依頼の刺繍の仕事
今回はダックスのジージョ君 タペストリー型にして2枚の刺繍を仕上げなきゃ!
 
11日に長女・15日に次女がそれぞれ孫を連れて自分達の住処に帰って行ったし
私もそろそろ以前の生活に戻らないと母が居なくなった時腑抜けになっちゃうから。。。
************
午後、次女が冬音を連れてやってきた 今日で3ヶ月大分重くなった
[3月22日撮影 3ヶ月の冬音と2ヶ月の翔悟]
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ついつい話が弾んで今日はちょっと出掛ける時間が遅くなって到着時間2時過ぎ
ベッドサイドにあったいつもの点滴液袋はなかった 
まだ経管栄養が完全ではないと思ったのでちょっと驚いた 
口内洗浄に来た看護師に聞いたら今日は1本だけ入れたと言う 
点滴針とチューブは完全に外されてはいないので時間によりまた追加されるのだろうか?
・・・日に2本から1本になったのだろうか?

もう点滴がないからベッドが上がっていても液の詰まりの心配はないだろうけど
お尻に負担がいかないかな? 床ずれが心配だ 
来た時は目を明けていた母さんは洗面器にお湯を入れに行って帰ってきたら寝ていた 
顔を拭いていても目は閉じたまま
右手を拭いていた時は反動的に目を明けたけれどそれきりまた目を閉じてしまった

経管栄養になってから母さんはまた便秘傾向
記録書きを見ると昨日に引き続き今日も出ていなかったようだ
3:37pm 尿量は700ml弱 
4:00pm 痰取りと検温 
母さんは鼻の時は無反応だったが口からの時は嫌な顔をした 37.3度

処置をした看護師によると念の為に今夜一晩点滴針は付けたままで
何もなければ朝一で完全に外す様だ 
看護師によって言うことが違うからどの言葉を信じるか迷う所だが
母の痰の量は変わらないと言う 昨日のT君と状況内容が違う 
また発熱の原因は脳梗塞のせいで温度調節が出来なくなり
部屋が暖かければ熱が出て、寒ければ体温も下がると言う 
私の心配なのは感染が原因の発熱だ 
母さんの熱の状態を診て必要なら血液検査になるらしいが
そうでないと判断された場合は1週間か2週間後らしい
(随分日にちにバラつきがあるのは何だ?) 
仮に床ずれが原因の発熱になったら叔母と同じだ 
小さな保冷剤が脇の下に置かれた

4:45pm 別の看護師が来て点滴針を外しに来た(感染予防らしいが・・・)
さっきの看護師と言う事が違った
「けさよさんちょっと痛いよ ごめんね」針は完全に抜かれた
5:00pm 点滴がなくなったので今日の夕食時の流動食の量は200mlになった
ドリップスピードも昨日より速くなった

母さんは食事の間 ずっと目を閉じたままだった
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by r-petal | 2007-03-27 07:28 | Comments(4)
最後の親不孝
母が意識を失ってから今日で四十九日目、経管栄養法が取られて4日目を迎えた
ここには元気な頃の母の思い出があり過ぎてページを開く事が出来なったが
私たち身内にとって母の死を迎える準備時期が来たと思う
。。。と綴っても近日中に母の容態が急変する事はない。。。と思うが
最後は人としての尊厳を維持したまま死を迎えさせてやりたい
**********************
この49日間に母は3つの山があった
★脳梗塞発症(3回目)後、2週間の脳治療期、この時期が一番辛かったと思う 
母は昏睡~半昏睡状態で初期に痙攣の苦しみもあり
浮腫みと発熱そして発疹で殆ど無反応だった

ラジカットなど4種の脳治療薬使用期限、2週間で薬を止めてから
母は目を明けるようになった
発熱と一時呼吸が低下する時があったが
この時期酸素マスクが外され自力呼吸が出来る様になった
状態は半昏睡~昏迷状態でヤレヤレと思った29日目に黄疸が出た 
肝臓検査結果はどれも前回より驚く急増数値で
治療薬は一切使用なしとだと思っていた私は何故?と疑問を持った
医師から母に痙攣予防に使っていた薬の副作用だと説明を受けた時は正直怒りを抱いた
無治療にして欲しいと頼んだのにも関わらず
あの強い薬を28日間も続けていたら副作用が出るに決まっている 
直ぐに痙攣予防薬アレビアチンは中止された 

★脳治療終了後15日目(意識を失って30日目)にやっと本当に無治療になった 
例え意識レベルは進展なしでも母は更に自分から目を明け、
頭を動かし声を発するようになった まるで今にも喋りそうな感じで・・・
それらは意識清明ではないと知りつつもこの数日間は一番元気な母だった

★昏迷状態34日目
母の尿量が減り始めたので利尿剤を投与すると電話があった
医師になるべく副作用のない薬を使用して欲しいと頼んだ
利尿剤投与が関係あるのかは分からないがこの日1ヶ月ぶりに便が出た
介護員と一緒に2月3日以来、久しぶりに母のお尻を拭いてやる事が出来たが
尾てい骨を中心に出来てしまった床ずれは更に箇所が増え酷くなっていた

この頃の母は更に目を明け出口に移動する私を頭を動かして目で追う
暫く見つめていて母が視線を逸らすまで帰りを躊躇してしまう事もあったが
40日目からただ私を見つめるだけ声を出さなくなった 

3月23日(金)母が昏迷状態になって45日目 
状態は安定してはいたが目を明けている時が少なくウトウトしている状態が多い
治療薬は利尿剤と時々上がる血圧を下げる一時的な薬だけ 
後は生命維持のエネルギー補給フィジオゾールとアミグランド点滴薬のみ
3本/1日を右の足の付け根から投与されている 体力低下だろう

看護師から話があるから病室で待機してくれと言われた
往診を終えた院長が病院に戻ってきたのは2時、30分後看護師から呼び出しがあった
ナースステーションに呼ばれるのは何度目だろう?

この部屋で医師に怒りの言葉を発した日もあった
感情を抑えきれず大粒の涙を流した日もあった
不審の気持ちで説明を聞いた日もあった そして諦めの日もあった
今日は一体どんな日になるのだろう?そんな思いで医師の隣に座った

母の意識レベルはもうこれ以上は望めないと言われた 
そして現在投与している栄養は足の付け根からの末梢点滴だが限界があり
母はもうこれ以上体のどの箇所からも選べる場所がないと言われた

無点滴で死に至らしめたら病院側では社会的問題になるのは当然だ
(母の場合無点滴=餓死を意味する)
早目に次の処置を決めなければならない 方法は2つ
IVH(足の付け根に少し太い管を入れそこから高カロリー栄養液を入れる処置)と
経管栄養(鼻などから細い管を胃まで入れ流動食を流す処置)

母は9日目にこのIVH処置を受けたことがある
局部麻酔下で足の付け根に穴を開けてカテーテルを埋め込み
高カロリー輸液:ネオパレンを投入したが2日後に体内で出血して管は取り出された
もう同じ手術はごめんだ また喉に穴を開ける経管栄養法もごめんだ
一番母の体に負担がない鼻からの経管栄養法を選んだ
流動食を取り入れるとIVHより痰の量が増えそれにより肺炎のリスクが出てくるが
どちらの方法を選んでも行き着く先は同じ 違いは時間の問題だろう

『先生、私は一日でも早く母を家に帰してやりたいのです』正直な思いを告げた
これ以上無理に時を延ばしても母は喜ばない 高カロリー栄養は拒んだ
『この処置をしたら母の余命は年単位ですか?』医師に尋ねた
院長はとんでもない。。。と言う顔をした 月単位か日単位かは母次第だ

院長との話の30分後 母の左鼻腔にマーゲンチューブが入れられテープで固定された
H君が来てチューブがちゃんと胃まで届いているか確認のレントゲンを撮った
流動食はその日の夕方から始まった
コーヒー牛乳の様な色をした母の食事は一日三食で現時点では1食100ml
状態により少しずつこの量は増えていくだろうが十分な量には達しないだろう
点滴と同じ方法でゆっくりゆっくり1滴ずつ流し込まれている

母さん。。。最後の親不孝を許してね 
姉さんと私は母さんの尊厳を維持したまま、最後を迎えさせてやりたいよ
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by r-petal | 2007-03-26 12:11 | Comments(2)