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二人称の死
1月25日(木)
25日夕方叔母が永眠した 享年93歳(年が明けたから94歳になるのだろうか?)
文字通り天から享けた年数、天寿を全うしたと思う
最期を従姉と看取らせてもらって叔母には感謝で一杯だ
眠るように。。。とはよく聞くが本当に、ともすると見過ごしてしまうほどあっけなく
それほど静かに息を引き取った

1月26日(金)
翌26日の夜、枕経、その他の儀式が行なわれたが
その日の昼過ぎ長女と孫が退院し自宅に戻って来ていたので
昼時従姉の家を訪れ、一足早く叔母にお別れを済ませてきた
綺麗に死に化粧された叔母の顔は穏やかで若返っていた
生前、病室から出る時はいつも叔母のおでこを撫ぜていたがこれも最後
おばちゃん。。。長い間お疲れ様でした

その足で母の病院に回った
介護員やお洗濯担当の人たちがお悔みの挨拶をしてくれた
叔母の入所していたD棟に目をやる。。。寂しさが募った

母さんは叔母の死には余り動揺はなかった
数分後には叔母の事を忘れてしまっていた これで良いんだ
私もいつも通りに母の世話をして自宅に戻った

叔母の枕経が済む頃、和歌山へ出張していた夫が戻って来たのでバス停に迎えに行った
我が家では二人の孫を囲んで夕食が始まった
冬音(ねね)と翔悟(とうご)二人が暫く共にするベッドを覗くと思わず笑みになる
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長女は退院して来てから精神的に楽になったのか食欲もあり。。。ん?
あり過ぎて返って心配したほどだ(笑)
不安な事は一足先に母親になった次女に質問攻めしていた(* ̄m ̄)
微笑ましい光景だ

1月27日(土)
27日火葬場に夫と直接向かったが霊柩車は未だ到着していなかったので
従姉の家に向かった 叔母の出棺に間に合った

1月28日(日)
28日セレモニーセンターで葬儀・告別式が行なわれた
葬儀の間、叔母とどんな関わりがあったのか考えさせられた

幼い頃叔母と関わった思い出は幾つかある
小5年の時、何故か初めて眼科に連れて行ってもらったのは母ではなく叔母だった

お正月になると今だに娘達と遊ぶ人生ゲーム これも叔母が買ってくれた物だ
従姉の娘とよく遊んでくれた礼だと買ってくれた記憶があるが当時高価なゲームだった

貸家の頃、家には風呂がなかったからよく叔母の家に入りに行ったものだ
風呂上りに時代劇の銭形平次をよく観た記憶がある

中学生になって貸家暮らしから父が家を建て
その地を離れてから叔母と会う機会が余りなくなった
正直母が叔母と同じ病院に入所になる前は二度しか叔母の見舞いに行っていない
叔母からしたら薄情な姪だった 

一時途切れた糸も縁があったのだろう
母が叔母の居た病院に入所になってからは毎日の様に会っていた
勿論私が姪とは覚えていない
『Tさ~ん』と呼びかけると「は~い」と答えてくれた
叔母にとって私はいち介護員かマッサージ師だったが
私にしたらたった数ヶ月間でも母の次に身近な存在だった

もしかしたら母もあの病院で一生を終えるかもしれない
事実時々あの病室を間借りしていると思っている時がある
部屋こそ違ったが叔母と母は同じ病院の住民だった
短い間だったが叔母の訪問も私にとって生活の一役だった

人は人生において3種類の死と向き合うとある哲学者が言った
☆故人と何らかの関わりを持っているが生活を共にするような関係でない人の死
それを三人称の死

☆故人が人生の一部となり自身と分かちがたく結びついた人の死
それを二人称の死

☆第三は自分自身の死、一人称の死

叔母の最後を看取れた時、私にとって叔母の死は二人称の死と感じた
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by r-petal | 2007-01-30 16:50
長女の思い
保存しておいた4日前のブログ
今更。。。と思うがこれも大事な記録なのでアップした

1月25日(木)
朝携帯チェックをしてみると深夜10時半と真夜中の2時近くにメールが送られていた
2通のメールはどちらも長女から授乳報告だった

翔悟が産まれて今日で8日目。。。娘のお乳を未だに殆ど飲んではくれず
搾乳とミルクを足しているようだ

母乳を飲まない理由は色々ある
翔悟は眠り姫ならぬ眠り王子。。。寝ている時が多い
原因は多血症による黄疸、色素のビリルビンが高値で疲れやすくなっている為と
治療中哺乳瓶からの授乳の為満腹感があるのだろう4時間は平気で寝ていた
経過は順調で体調も体重も増えて来てはいるが困ったことが一つ
母乳を直に飲んでくれなくなってしまう事
赤子だって楽な方を好む、改めて母乳を飲むとは大変な運動量なのだろう

昨夜も2時間かけて授乳したが結局翔悟は途中で寝てしまって
母乳を直に飲んでくれず搾乳とミルクの混合でNICUに預けてきた
娘にしたら母親拒否をされた思いや
周りの同じ母親に遅れを取った焦りを感じ鬱になる
ここ数日落ち込む娘をなるべく笑いの世界に連れて行くよう努めてきた
焦るな娘よ。。。。

悪い事って重なるのね。。。このメールを読んで返信しようとした途端
私の携帯が操作不能になった!
嘘。。。。待ち受け画面は圏外表示
時間が経つにつれボタンを一つ押すと電源が切れてしまう(TmT)
朝一でドコモショップに飛んで行った所携帯は不良品である事が今更分かって
新しい携帯と交換になった バッテリーが新しくなったのは嬉しいが2時間も時間ロス
唯でさえ忙しいのにこのお馬鹿携帯め!!! ん?
落ち着け私(* ̄m ̄)

*******************************
1月24日(水)
午前中長女からの知らせメールを待っていた

昨日母子同室になる予定だったが結局昨日も一日点滴治療の為
翔悟が保育器から出られず今日に延期になったのでその連絡待ち
待ち望んだメールは結局2時過ぎに届き、同室は3時になってしまった
母の事より娘の鬱状態の方が心配だったので今日は娘を優先にした
母さん。。。今日は会いに行けないけれど娘の私としてではなく
母親として娘を思う気持ちを分かってくれるよね
   *・・・* *・・・*
「母さん、翔悟が部屋に戻ってきたよ」
長女のメールが届いた時は既に病院駐車場に着いていた(* ̄m ̄)
数分後には3階の階段を軽やかに登って病室到着、長女が笑顔で迎えてくれた
良かった。。。不安定だった娘の気持ちも落ち着いてきたようだ 顔が明るくなった
「翔悟を抱いてやってくれる?」勿論だ(*^_^*)

産まれて7日目。。。やっと翔悟をこの腕に抱けた
久しぶりだね。。。翔悟
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時は遡り、出産翌日の夕方、長女と翔悟は通常通り母子同室になったがその晩
母乳を飲んでくれない為夜間ナース室に預けたが翌日の血液検査で数値異常が分かり
そのまま小児病棟に入院になってしまった

同室はたった2時間程度 
その貴重な時間に知らせを聞いた賢くんと賢くんのお母さんが病院へ飛んで行った
その折、賢くんのお母さんは娘達の次に初孫を抱けたわけだ。。
私が冬音を抱いた瞬間の喜びを賢くんのお母さんも味わった事になる
察するに究極の喜びだったと思う、良かったなと思った

所が長女の思いは違っていた 
その晩はくやしくて泣いたと言うから娘からメールが届いた時は困惑してしまったが
娘の思いは一緒に出産に立ち会った私にその礼として
翔悟を一番に抱かせてやりたいと決めていたらしい 

もし翔悟がその後も同室生活をして順調に母乳を飲んでくれたら娘の思いも薄れたろうが
翔悟は病気、授乳は上手く行かない。。。
無意識できっと自分は次女の時と等比すると思ったのだろう 
思い通りにならぬ長女のストレスは全て賢くんのお母さんに向けられてしまった
翔悟が保育器に入っても孫の顔見たさに病院に出かけて行く姑
ガラス越しでも毎日会いたいと願うのは当然だろう
だが娘は自分の不甲斐なさと焦りと苛立ちで姑の思いを受け入れる気持ちを失った
双方気の毒だと思うが嫁姑とはお互いの気持ちにズレがあるのが当然だ
今は娘の気持ちを落ち着かせるのが一番 母乳が止まってしまったら大変だ

翔悟が小児科に入院になって1度だけ保育器中の翔悟に会ったが
その後は病院に行っても翔悟を見たいとは口にしなかった

限られた時間を長女とだけに過す事が娘の気持ちの癒しになってくれれば。。
出産すれば誰だって赤子を見たいものだ、でも私は未だそれほど孫に愛着はない
寧ろ娘の顔を見たい気持ちの方が強い 私にとって娘はいつまで経っても子供だな(笑)

「母さん、乳頭保護器を買ってきて欲しいんだ」 何それ?
看護師が見本を見せてくれたが初めてお目にかかった(* ̄m ̄)
乳頭に傷または亀裂で痛みがある、乳首の扁平や陥没で直接授乳できない
乳頭が小さすぎて赤ちゃんが吸いつきにくい
また翔悟の様に治療中哺乳瓶に慣れてしまった子
母子共に何らかの不都合があった場合に保護器を使うらしいが。。。イヤハヤ驚きだわ

薬局に向かう前に看護師から見せてもらった保護器の箱をデジカメで撮影した
私の事だから名前を忘れる可能性もあるのでその予備対策(笑)
そして今日から娘は付き添い入院になる為食事は出ない
外出した序にほか弁屋に寄って三人前の弁当を買った
二人前はお昼に長女と二人で食べた、もう一人前は留守番をしている次女の夕食用
これも振り返ったらきっと良い思い出になりそう(* ̄m ̄)

明日明後日を病院で過したら金曜日には退院出来る あと二日の辛抱だ
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by r-petal | 2007-01-25 00:00
行いが良ければ。。。
保育器内の翔悟。。。今日の午後もしかしたら娘の病室に戻ってくるかもしれない
長女からまたまた嬉しいメールが昨夜届いた

翔悟が保育器に入ってから4日間。。。涙を堪えた時、安堵した時、喜びを感じた時
色々な思いの時を過したが最後はやっぱり感謝に尽きる
娘に渡した出産祝いカードに添えた言葉だが【幸せとは幸せだと感じる事が出来ること】
普段忘れがちな大事を翔悟が教えてくれた
**********************
1月22日(月)
午前中長女の病院を訪れてから自宅で小休止(* ̄m ̄)
冬音の顔からエナジーを貰って母の病院へ。。。
小休止のつもりだったけれど大休止になって(笑)
母の午後のおむつ替えの時間に間に合うかが怪しくなってしまった(*≧m≦*)

到着時間は3:03pm 母さんの行いが良ければ間に合うし悪ければ間に合わない
運任せだ。。。それでも急いで廊下を走っていくと向こうから助手のH君が歩いてくる
「こんにちは」と挨拶を交わしてすれ違い様「お母さんリハビリ室に居ますよ」と教えてくれた
『本当ですか!』母さんがリハビリを受けるなんて。。。行いが良さそうだ(*^_^*)

部屋に入って行くと母は丁度リハビリが終わった所で車椅子に乗っていた
車椅子の押し手は叔父 付き添いは叔父の妻と母の一つ上の姉。。。賑やかいぞ爆))
「お待ちかねの娘が来たぞ」と叔父 母さんは威勢が良かった

母の病室に入ろうとしたらドアが閉まっていておむつ替えの真っ最中
良かったね母さん

廊下で叔父達とドアが開くのを待っていると婦長がやって来た
早速叔母の様子を聞いてみた

数日前から続いているタール便が未だ止まらないらしい
この便は消化管、例えば胃とか十二指腸などで起こった出血が大便と混じったもので
通常は黒くなるらしいが従姉が言っていた良くない状態とはこの事だったんだ
加えて段々に排尿の量も減りつつあるらしいが意識ははっきりしていて
直ぐに危ないと言う時ではなさそうだ

確かに婦長の言う通り意識はまだしっかりある。。。声に反応する
叔母は今、従姉のM姉さんたちの仕事が一段落付くまで頑張っているのだと思う
今まで世話してくれた感謝の気持ちを込めて。。。

母のおむつ道具を持って叔父達と1階へ トレイ前で別れた

「ベッドのシーツ交換だったから車椅子に移動した序にリハビリ室に連れて行きました
折角良い車椅子があるんだもんね。。」とFさん
そっか。。。強引でも連れて行ってくれたのはFさんか
さすがの母さんでも断れないわけだ(笑)
そして母専用の車椅子が役立っているようで嬉しかった

談話室。。。母の指マッサージをしていると何時もより早い時間帯にうめこさんがやって来た 
私も今日は何か良い行いをしたのだろうか、これなら早目に帰れそうだ(=v=)
一方洗いあがったおしぼりはいつもより遅い到着時間だったので
母さんも久しぶりに参加して、4枚のおしぼりを巻いた

母さん。。。帰るよ また明日だ
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by r-petal | 2007-01-23 09:09
保育器の中の翔悟
夕べ病院に居る長女からメールが届いた
「翔悟が夕方6時、目を爛々と明けてダンスをしているみたいに動いたよ
感染症の数値も昨日より下がった!」
文面と一緒に翔悟が初めて目を明けている画像も添付されていた
私の携帯を取り囲んで夫、次女と微笑みながら食い入る様に見つめた。。。

先週の土曜日、長女の息子翔悟は小児科病棟のNICUに移動された
生後二日と数時間 順調であれば退院まで母親との同室になるはずだったが
僅か数時間で再び連れて行かれた
NICUとは新生児集中治療室の事
保育器に入り【周産期細菌感染症と多血症】改善の点滴治療を受けている

私達が目を明けている翔悟を見るのは初めて 長女も余りなかったらしい
翔悟は会いに行く度目を閉じたままで動く事がなかったが
ダンスをしている様に見えるほど活発に動けるようになったんだ
経過良好(*^_^*) 翔悟、良く頑張ったね
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1月20日(土)
午前中は母の元に居た 
いつも通りの世話を済ませ談話室でうめこさんがやって来るのを待った
11時頃になると午前中のおしぼり仕事と昼食の為各棟から元気なお年寄りが集まってくる
母が入所してもう直ぐ5ヶ月。。。その間に二人だけ母の記憶に残る友達が出来た

ひとりは君子おばあちゃん そしてもう一人はうめこさん
母はともかくうめこさんは母さんと私のペアの印象が残っているのか
談話室に来ると私達の近くに車椅子を止めてくれと介護員に要求する
介護員がうめこさんの思う位置に車椅子を置いてくれないと今度は自分で近づいてくる
「遠くに離れているとおばあさんと娘さんの顔が見えなくて寂しいから」ありがたい言葉だ
母さんもこの声で笑顔になる

私はいつもテーブルの上にありったけの物を置いてわざと散らかしておく
母の指マッサージの為の桶・目ヤニを取るオイルやコットン・新聞紙 そしてお茶道具
几帳面な母はうめこさん登場でテーブルの上を片付けるよう私に言う
言い出ださなくてもこれらを片付けるからと席を立つ私を制しない 

うめこさんは毎回「今日は泊まっていくかい?」と私に聞く
「これを片付けたら一緒に泊まってくよ」
母さん。。。考えてみたら私はこの5ヶ月間随分沢山の嘘を言い続けて来たね
私はもう嘘をついて帰る事にそう罪悪感を感じなくなったよ

「覚えているわけじゃないから。。。」と自分に言い聞かせてきた
そして私がどんなに母の世話をしても記憶には残っていないだろうと思っていた
が。。。後者は違うんだと最近思う

認知症は物事すぐ忘れる だが完全喪失ではない内は脳裏の片隅に小さく残っている
認知症は長時間記憶維持が出来ない だから日に何度かスイッチが入れ替わる
母の脳裏にこの5ヶ月間二人の記憶があり、私の顔を見た途端そのスイッチがオンになる
そして私が居なくなった途端 そのスイッチがオフになって私の記憶は一時止められる

母さん。。。私がもし常に母さんの頭のスイッチオン状態を期待していたとしたら
私の介護は母さんが父さんと在宅している時に既に終わっていたはずだよ
毎週会っていてもその記憶がないけれど我が家の近くになると思い出してくれた
思うんだ。。。
私が居ない時はその記憶はしまって置いて私といる時だけスイッチオンで十分だって

さてと。。。うめこさんも来た事だし。。。退散だ(笑)

自宅に戻って次女と昼食を済ませて冬音とのんびりしている時だった
「翔悟が血液検査で引っかかって入院になったの 頭が真っ白。。。
これから看護師が説明に来るって」と長女からのメール
何度かやり取りをしていたがこんな事をしているより駆けつけた方が早い
『しっかりしなさい!』とメールを送って病院へ向かった 13:00

賢くんが長女を励ましている所だったが私の顔を見た途端大粒の涙を流した
『小児科の先生に何て言われたの?』
パニック状態の娘は断面的な言葉で覚えていた 血糖値が低い・血液が濃い・輸血

自宅に居る次女に【新生児】の言葉を付け加えたこれらの言葉を
ネットから検索してデーターを送ってくれるよう頼んだ
数分後【多血症】の病名が返ってきた
「そう言えばそんな言葉を先生が言っていたような。。。」と長女

病名は分かった。。。後はより詳しい報告を看護師から待つのみ
所が1時間経っても2時間待っても看護師はやって来ない
夫も心配して駆けて付けて来たがそう皆で集まっていても無意味なので一旦戻ってもらった
同時にナースセンターに問い合わせた

15:30 賢くんと長女が小児科NICUに入って行った
数分後カーテンが開けられ保育器に入った翔悟と体面
冬音とは違って翔悟は一度も抱けずにまたガラス越しの対面か。。。
紙おむつ一枚の裸姿、か細い左手に点滴針が刺されて室温31,5度に保たれている

看護師から状況説明を聞いた賢くんが夫と私に診断書の写しを見せながら説明してくれた
紙には周産期細菌感染症と多血症と書かれていた

赤血球の数値が高い為、今その濃度を薄める処置を行なっている
期間は1週間が目安 何度かの血液検査で改善が見られない場合
交換輸血をして更に血液を薄めるようだがそれは最悪時の場合 
 
『感染症って原因は何?』
「それが何処からなのか分からないみたいで、多分体内から出産した時だと・・・」
賢くんからの説明を聞いて安心した 
早期発見で早期治療がなされたんだ 時を待つしかない

夫より一足先に次女と冬音が待つ自宅に戻った16:00 緊張の3時間だった
              ****

1月21日(日)
午前中の長女の都合に合わせて病院へ向かった
翔悟は保育器に入ってしまっても日夜問わず3時間毎の搾乳がある
直に赤子に吸われないのは乳頭も出ず辛いものがあるだろうが
めげるな新米ママ! 顔色が昨日と全然違って笑いが出てきた その調子だ!

午後久しぶりに渓くんが我が家にやって来た
来週から会社の研修もあり更に忙しくなる+更に妻や娘に会う時間もなくなるらしい
『3時間位なら冬音を見てあげるから二人で買い物に行ったり住宅に戻ったら?』
「ばあばの病院は?」『午後はずっと家に居るよ』次女の顔が輝いた
母親と言えど未だ二十歳 退院して来てから殆ど外出もなかったもんね

賢くんのご両親が我が家を訪れ、帰った後冬音を置いて二人で外出して行った
帰宅予定は5時半 2時間半の間冬音のお守りを楽しんだ

3:30pm 良い子で寝ていた冬音が泣き出した おむつを替えミルクを80mlだけ作った
余り満腹状態にしてしまうと帰った娘の胸が痛かろう。。結構気を使うわ
冬音は一気に飲んで爆睡した(笑)母乳と哺乳瓶の違いだな。。。
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その後娘が帰って来ても起きもせず良い子で寝ていた(* ̄m ̄)
僅か1ヶ月違いの赤子だけれど80ml を平らげてしまう冬音と
たった10ml足らずで眠ってしまう翔悟 同じ孫なのにこの違いは何だろう
不安顔は我が家では禁止だ 母の母(私)はもっと強くなければ!

その後冒頭で書いた長女から嬉しい報告メールが届いたわけで。。。(*^_^*)
土曜日と打って変わって日曜日のYUKI家は穏やかに終わったとさ
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by r-petal | 2007-01-22 14:29
床ずれ防止策
一昨日男子出産を無事果たした娘から何度かメールが入る
「お尻が痛くて食欲も湧かない」
。。。会陰切開して縫われたんだから無理ないよね
でも食事はちゃんと取らないとおっぱいが出ないよ

「翔悟がおっぱい飲んでくれないよ(涙)」
。。。次女も同じ事内容のメール送ってきたっけ(* ̄m ̄)
焦らない焦らない

【憂いも辛いも食うての上】産みの苦しさに比べたら大した事じゃない
あの時の痛さや辛さを乗り越えた娘は、否母親は。。。只今翔悟と一緒に成長期
**************************
1月18日(木)
昨日は洋裁、今日は和裁(* ̄m ̄)
午前中、友達が勤めている染め物屋に出掛けてきた

来月2月25日の姪の結婚式に着る色留袖をネットから購入した
お馴染みのリサイクル着物 お値段驚くなかれ1万円(* ̄m ̄)
値段は安いがサイズが合わない
今回は裄丈と前後幅が不足していた為、昨年自分で直した
裄丈の肩幅を5センチ出し脇も2センチ出して自分のサイズにした
結果、裄丈はともかく脇は前と後ろ身頃の柄がずれてしまった

反物仕立ての場合これはよくあるけれど。。。気になる
友達に相談した所、似た色の染料を使って目立たなくなる方法があると言われた

年が明けてお互いの都合が良い時にその方法を早速実行する事になった それが今日
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和筆を使って白と銀色の染料で途切れてしまったりずれた線を筆描き
ドライヤーで乾かす、気になる部分はこれで解決した(*^_^*)
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黄色い○部分 左画像が補正前 右が補正後 線は繋がった(*^_^*)

着物に関してはJさんのお陰で今まで随分助けられている
今回も仕上げの筆描きの手直しをしてくれた。。。感謝だ
柄直しは昼前に終わったので自宅に戻り次女としっかり昼食を済ませて
長女と翔悟が入院している病院へ向かった 今日は冬音もお供(* ̄m ̄)

婦人科病棟の病室に入れるのは夫か両親のみ
次女と冬音は廊下で待機、
私だけ長女の病室に入って行くとベッドに座って日記を書いていた
お尻の下には勿論ドーナツ型のクッションが敷かれていた(*≧m≦*)

「出血が多かったからクラクラする」と娘
食事も満足に食べられないようなので顔色も今一
翔悟も母親同様ミルクの飲みっぷりが悪いらしい 親子似たもの同士だ

まだ翔悟はナースセンター奥の部屋に居るのでガラス越しの対面
一目見た時に「顔が小さい!!」思わず次女が抱いている冬音と見比べた
って事は。。。冬音の成長は順調って事だ
顔立ちは賢くんのお父さんに似てる(と言うと長女が嫌がるが。。。確かに似てる 爆))
冬音同様健やかに育てと願って談話室へ

娘たちは出産時の話で盛り上がった
二人とも分娩前の陣痛室内に夫が付き添うのに不安があったったようで
実際に経験してみて感じた夫の不備な点を言い合っていた
「陣痛室にはお母さん一人居れば十分だよ」と長女が言えば「本当にそう!」と次女
婿殿たちにとったら精一杯頑張っただろうに。。。
当人が聞いていたらひっくり返るわ(笑)

我が母が大事に世話してきた孫達がほぼ同時に母親になるなんて。。。
人生なんて何が起こるかわからないものだ、次女じゃないけれど本当にそう!

帰り際、次女と同じように長女からもお礼の手紙をもらった
また宝物が増えた(*^_^*)

夕食の買い物を冬音と一緒に済ませて自宅へ
次女と冬音を下ろし代わりに母の車椅子を積んだ

母の病室に入る前に廊下で従姉とバッタリ会った
ここ数日よくこのバッタリがあるけど(* ̄m ̄)
何時もより到着時間が大幅に遅れておむつ替えはとっくに終わっていた
当然母さんのご機嫌は麗しくない。。。従姉は少し話して直ぐに部屋から逃げて行った(笑)

介護員が来て「時間に来られなかったので3時のおむつは替えておきましたから」と一言
『すみませんでした 遅れました』ん?私が何か悪い事をしたのか?つい謝ってしまったが
母さんにしたら遅れが許せないのだろう「時間を守らない人間は最低だ」と言った

記録書きを見ると10時と3時のおむつ替え時にK5とK2と便続きになっている
さっき替えてもらったおむつに排便があったのならきっときれいな処理はされていないはず
勿論報告してくれた介護員が手抜きをしたのではなく母さんが大人しくしていないから
介護員も完璧洗浄は出来ない。。。と思うようにしている
そう思わなければ私が介護員に不信感を抱く、結果今後良い関係が持てなくなる
母さんは確かにおむつ替えされた事で豹変する 父と私が一番知っている

1階のトイレに連れて行っておむつを外すと陰毛と尾骨辺りが便で汚れていた
お尻拭きシートを何枚も使って洗浄した

入れ歯洗浄をしてもう一度お茶道具を取りに病室に戻ると 
Fさんが入って来て早速昨日の入浴状態を報告してくれた 
従姉が伝えてくれた様に母はかなり強引に風呂場に連れて行かれたみたいだ
「パジャマの胸の刺繍 すごいですね」とFさん
そのパジャマは母のつなぎパジャマを病院側で洗濯をした際
ファスナーを壊してしまった代償としてもらった院内レンタルパジャマの事
胸元には元の持ち主の名前(多分患者が使わなくなったので病院に寄付したのだろう)
と病院名の仁の文字がマジックで書かれていたので刺繍でその文字を消したのだ
柄はディズニーのキャラクターと母の名前 Fさんはその事を褒めてくれた 

ちょっと話が逸れるが不注意で壊された母のパジャマは翌日YKK本社に直接電話して
同じファスナーを郵送してもらったが本体より送料の方が高かった(涙)
ファスナーは電話した翌日届いて付け替えも完了している

話を元に戻して
「車椅子にも刺繍があるんですよ」つい宣伝。。序に母の専用車椅子持参の話をした
「YUKIさん、お母さんの名前を付けなくてもこの顔刺繍で持ち主が一目瞭然!凄い」
とまた褒めてくれた

この刺繍の話はFさんやIさんからC棟に一気に広まって
談話室に母と居ると次々に介護員や看護師が見にやってきた
車椅子の乗客は座っている後ろでみんなが集まって話をしているのでうんざりしたのだろう
「きたはらさん、そっくりだね」と言われる度、不機嫌さを残した作り笑顔をしていた(笑)
これだけ知れ渡れば母さんの車椅子は他の患者さんに使われる事はなさそうだ

叔母の様子に少し変化があった 化膿した床ずれが割れた為膿を出す事が出来たらしい
丁度私と母が訪れた時医師がその処置をしている所だった
素人考えだけど膿が出た事で患部は更に消毒出来るので敗血症は避けられるのでは。。。。

医師の処置中、廊下に居たFさんと話をしたが床ずれの最初は皮膚が赤くなり水泡が出来る
そして叔母の様にただれて細菌が繁殖して化膿する
原因は勿論長い間同じ姿勢で寝ている事 
病院側では2時間毎違った場所へエアマットを敷き
なるべく同じ部分を長時間圧迫しない処置をしてくれてはいるが
食事が出来なくなった叔母は栄養状態が悪いし全身に衰弱が見られる為
化膿に更に拍車をかける結果になっているようだ
母さんも尾てい骨辺りに赤みがある 
これが床ずれにならぬ様になるべく起きている時間を長くしなきゃ! 
例の車椅子でね(* ̄m ̄)
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by r-petal | 2007-01-19 14:44
翔悟誕生
今朝。。。と言うか真夜中と言うか
1月18日、1:04am YUKI家二人目の外孫が産まれた
翔悟と書いて【とうご】と読む 予定日より8日早い出産だった
女系家族だった我が一族も長女の代で男子誕生(* ̄m ̄)
次女に負けない位見事な出産をした長女は今頃ベッドの中かな?
午前中はゆっくり休ませ、午後。。。会いに行くからね

昨日書きかけて保存しておいたブログのタイトルは
【誕生を迎えようとする命と天寿を全うしようとしている命】だった
今日、翔悟誕生でタイトルが一部変わったが
叔母は未だに天寿を全うしようとしているのに変わりない
 
1月3日から食事が中止され栄養と抗生剤点滴のみになった叔母の状態は
日に少しずつ良くない その日を静かに迎えるのを祈っている

*9日:今年、初めて会った叔母は病室を訪れた時イビキをかいて寝ていた
感染症の原因が分からないと婦長

*10日:薄目を目を明けていたが熱があるらしく元気がなかった 

*11日:感染源は床ずれの化膿からと分った
抗生物質の点滴が効き始めたのか安定した様だった

*12日/13日/14日小康状態が続く 熱も下がった

*15日:母と叔母の病室を訪ねると13日まで居た部屋には叔母の姿がなかった
直ぐにナースセンターで尋ねると看護師もあれ?と言う顔をした
近くに居た別の看護師がついさっき部屋移動があったばかりだと言った
叔母はナースセンターを挟んだ反対側の部屋に移動されていた 
理由は酸素不足による吸入処置をする為だった 
心配された熱はその後も出ず私の顔を目で追うから意識も依然あり

*16日:看護師によると叔母の床ずれは既にただれて潰瘍になり
細菌が繁殖して化膿した状態だという 臭いも結構あるらしい
通常なら痛みもあるはずだ、苦しいはずだ、でもその痛みを訴えはしないが
看護師が「Tさん」と呼びかけると「はい」と返事をした

*17日:母の病院に行けなかった私の代わりに従姉が叔母と母の様子を知らせてくれた
点滴のみになって今日で2週間目の叔母の体温は下がり過ぎている様子
意識はあり呼びかけにも答えるが黒い便が出始めたという
詳しくは分からないが黒便は余り良い事ではないようだ

不思議な気持ちだ。。。
母があの病院に入所しなければ私は見舞客の一人としてしか
叔母と接する事も会いに行く事もなかったろう
食事介助も背中マッサージもする事もなかったろう
寝たきりの叔母の部屋を出る時はいつもおでこを撫ぜてきた
今まで薄情な姪だったから私の名を思い出せないのは当然だ
おばちゃん。。。私はおばちゃんにとって介護員かマッサージ師だったね
それでも良いんだ、おばちゃんのおでこや背中を触れた事が嬉しい

一方先週、入浴拒否した母は昨日、介護員Fさんに強引に浴室に連れて行かれた模様
始めの内は拒否していたが浴室の椅子に座らされるとおとなしくなったらしい
母さん。。。今日は母さん専用の車椅子を持参して会いに行くよ
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1月17日(火)
早朝、長女が寝室に入ってきた 
気配を感じて飛び起き『どうしたの?』と言った私の声と動作にビックリしたらしい
「驚かさないでよ母さん。。。さっき出血があったの」と言った
ここ数日のお腹の下がり具合でこの子は出産が早まるかもしれない
と予想していたがいよいよか『痛みは?』「全然ない」次女の時とは全然違う

タイマーセットしたファンヒーターは定刻になっていなかったので点いていなかった
寒さで震える娘に病院に電話を入れるように言ったが後からネットで調べたら
未だその時期ではない様だったが電話に出た看護師は優しく対応してくれたらしい
今の時代はおしるし如きで騒ぎ立てないらしい(笑)

次女の時は10分間隔の陣痛が来ておしるしがあり痛みも5分間隔になったが
長女は最初におしるしがあったがその後痛みはない 色々だ

運良く今日が検診日になっていたのでその予約時間まで待つ事にした
9:30からの診察で子宮口の開きは1センチ 
早くて午後辺り、夜には陣痛が来るだろうと言われて二人で帰ってきた

何時長女の陣痛が始まるか分からないから今日母の病院訪問は中止
代わりに浮いた時間をあれこれ物作りで費やす事にした

先ずは二人の娘達が赤子の為に使うスリング作りから
途中でほったらかしになっていたスリングに最後の仕上げ、名前を入れた
長女&次女それぞれ赤と茶色のドット柄二枚で一セット 
合計4枚のスリングがやっと完成した
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この間、長女は全く陣痛が始まる気配がなかった

午後は母の車椅子にも刺繍で名前付けした
この車椅子は昨年12月、母83歳の誕生日プレゼントとして姉と私、
姉の娘二人に私の娘二人でお金を出し合って購入した物だ

当初は母が我が家に来た時のみ使っていたがその回数もたかが知れてる
最近、院内でまともな車椅子を探すのに苦労している私
比較的新しい車椅子は常連のお年寄りの部屋に留まってしまい台数が減る
廊下に置かれている物は肘掛が欠けていたりブレーキが甘かったりで
状態が良くない物ばかり、院内使用の物を自宅で使用するのに抵抗があったが
母の為に用意した車椅子は毎日使ってこそ価値がある 考えを改めた

母さん専用の物だ、公共物と私物が分かるように
以前縫い上げた母の顔刺繍が汚れぬ様ビニールで被い
フェルトに縫い付けて背もたれ部分にボタンで付けた
ポケット蓋の部分に大きく名前刺繍を縫い付けた 
これなら無断で使用される事はないだろう
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この作業が終わった3:00pm頃、長女の陣痛が始まった 間隔は9分置きになった

今夜は帰れそうもないので冬音を何時もより早目に入浴させた
 
6:30pmになる頃陣痛間隔も5分になってきた
会社から帰ったばかりの夫に車のエンジンをかけてもらった
娘が賢くんへ電話を入れた「今から病院へ向かいます」7:00pm

7:20頃、陣痛室にて助産婦診察:子宮開口4センチ 
22:45再び助産婦診察:子宮口は8センチまで開いた
診察で陣痛室を出される賢くんと私は待つ間ストレッチ体操をした(笑)
お互い体力勝負だ! 
23:50頃少し破水し始めたので点滴投入が始まった 子宮口は9~10センチまで開く
     ****
1月18日(木)
時計の針が12時を指した
『かな。。日付が変わったよ 後もう少しだ』
次女以上に痛みといきみを呼吸法でコントロールしている長女に声をかけた
24:15から三度の破水があり陣痛もピークに達すると思いきや
破水によって痛みがやや遠退いたが子宮口も陣痛の張りがあると
翔悟の髪の毛が見えると助産師が言った いよいよだ

24:40賢くんと長女が分娩室へ移動 私は賢くんの実家に電話を入れて談話室で待機
駆けつけたご両親と話をしていると賢くんが飛んできた
「1:04 無事翔悟が誕生しました ありがとうございました」と頭を下げた

産後2時間は母親と父親そして翔悟の時間
役済みの親達は退散。。。駐車場でご両親と別れ自宅に戻った
賢くんからカンガルーケアをしている長女と翔悟の画像が届いた
それを笑みながら見てベッドに入ったのは3:00am
一日が終わったわけではない 今日も忙しいぞ!

*カンガルーケアとは
赤ちゃんを母親の乳房と乳房の間に抱いて
裸の皮膚と皮膚を接触させる この病院では出産後直ぐに行なわれる
そうすることによって健全な心身の発達を促そうというもの
この方法がカンガルーの子育てに似ている事から、そう名づけられた

次女の時は出産時出血が多かった事と冬音の体温が下がったので
カンガルーケアは出来なかった
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by r-petal | 2007-01-18 09:43
餅つき
二番正月の今日、長女が出産に備えて我が家に帰って来る
尤も毎日昼間は我が家に来て次女と過していたから余り特別な事ではないかも(* ̄m ̄)
姉、妹の立場は冬音誕生によって逆転、次女が良い手本となっている
おむつ替えなど未だに不慣れで戸惑う様子、手際良く乳房を含ませる様子
実際に間近で学ぶ事が出来たろう

次女の完璧な出産から丁度一ヵ月後が長女の予定日
後11日と迫ってきた。。。

ブログが最近途切れがちになってしまったが先週からやっと母のリハビリを開始した
正月中サボっていたツケは大きく、歩行力が一気に低下してしまった
加えてリハビリ室にはりきって出掛ける母が待ち時間の間にやる気を無くしてしまい
いざ自分の番になると今日はやらないと言い出す始末 
土曜日は強引にリハビリ室に置いて来た
母さん。。。週初めだよ 今日からまたスタートだからね!
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1月14日(日)
朝から慌しいYUKI家 大量の荷物を車に積んだ

8年ぶりだろうか?私の実家で餅つきが行なわれた
この話は昨年、父の誕生日に持ち上がった話、
母の入所以来ひとり暮らしをしている父を励ます為に夫からの提案だった
が。。。終わってみると実際に父が喜んだのか否か分からない
長女夫妻に冬音と次女夫妻、加えて翔&迅まで連れて実家を訪れた時の父の顔は
喜びと言うより戸惑い顔 静かな実家が喧しい位の賑わいに一変した

今の母さんもそうだけど父さんも人との接触が苦手な性格
私達の笑いの輪に入って来れなくて孤立する
「親父さん もち米をこねる見本を見せてくれ」と頼ればきっと喜んで教えてくれ
私達の輪に入るきっかけになったろう 
その事を夫に気遣って欲しかったがその思いやりが欠けた
若婿たちの手前もあるだろうし既に父の手を借りなくても夫は手順を飲み込んでいる
が。。。出来ない振りをして欲しかった
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出番のない父は後半、ピースと居間でテレビを見ていた
食事時も手餅を少し食べて買い物に行こうとする
「毎週日曜日の昼過ぎに買い物に行くのが日課なんだ」と父
父さんにとってたった一日でも自分のペースを崩されるのが嫌なのだろう
でもそんな父の態度が返って私には救いになっている 
そして爪に火を灯す様なひとり暮らしをこれから先も続けていくだろう

父を喜ばせる事には失敗したがつきあがった餅は上出来だった
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つき手は夫・賢くん・渓くんと3人交代だったので粒もなく滑らかで見事な出来栄え
一方返し手は私一人だったので結構スリルを味わった
初体験に近い賢くんと渓くんの杵を下ろすタイミングが早過ぎて怖かった(* ̄m ̄)
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by r-petal | 2007-01-15 08:37
何とかなるもんさ。。。
暮れに流行ったノロウィルスも落ち着き始めたが
院内では廊下の所々に塩素系の殺菌剤を含ませたバスタオルが敷かれている
靴底や車椅子に付いているウィルスを殺菌する為だろうが
見舞いに訪れる人がタオルをまたいでしまう光景をしばしば目にする(*≧m≦*)

年が明けて3日の晩から叔母は食事が中止され点滴のみ 今日で9日目になった
今月8日にその事を従姉から聞き、一昨日叔母に会いに行って来た
つまり今年初めて叔母に会った事になる
以前の4人部屋からナースステーション隣の2人部屋に移動になった叔母は
感染症の疑いもあるので抗生剤投与とバルーン(排尿管)が挿入され尿の色具合を観察中
顔を壁側に向けて少し口をあけて微かにイビキをかいていた
叔母の体力は後どれ位持つのだろうか?

母は三階C棟の病室に入所しているが叔母が居るD棟は殆ど寝たきりの年寄りばかり
インフェルエンザ等ウィルス感染予防の為
今年になって渡り廊下が重い鉄の扉で封鎖されてしまった
車椅子はその扉をまたぐ事は出来ないので母はもう叔母には会えないかと思ったが
昨日その扉が開けられていたので母を連れ叔母に会いに行ってきた
叔母は薄目を明けて一昨日と同じように顔をやや壁側に向けていた 
私の声に微かに反応するが口癖の「かゆい」と口にしなかった
『おばちゃん。。。体中のかゆみからやっと開放されて楽になったね』
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1月11日(木)
久しぶりのブログだ 今年に入って我が家は体調不良者続出だった
元旦早々に私が熱を出してダウン 風邪ではなくやっぱり過労だと思う
十分な睡眠で回復したが二日後次女の夫渓くんが発熱し
引き続いて次女も発熱してしまった 娘が寝込むと乳飲み子の世話が困る 

渓くんは1日で熱が下がったが下痢が止まらなかったので本格復帰の為実家に戻った
父親渓くんに代わって私は次女と一緒に夜、座敷で二日間寝た
昼間は特におむつは私が替え少しでも次女を休ませてやりたかった

冬音のお風呂も渓くんに代わって私が担当した 
未だ早いかもしれないがベビーバスは止めて私と一緒に浴槽で入浴した
緊急時にあれこれマニュアル通りに事は進められない

正直この頃の赤子を私は風呂に入れた経験がない
当時私は専ら入浴後の赤子の身支度担当で母さんが娘達を入浴させていた
その時の母の仕草を思い出しながら。。。全く初体験で孫と入浴した
娘には『安心して母さんに任せなさい!』と啖呵を切ったが内心はドキドキだった(* ̄m ̄)

渓くんたちがどう冬音を入浴させていたかよく分からないが
浴槽入浴を始めてから余程疲れるのだろう、しっかり熟睡するようになった
お陰で次女もその間しっかり体を休める事が出来た
9日、次女を病院に連れて行った時も婦人科外来の待ち時間&診察の二時間半
冬音は私の腕の中で泣きもせず良い子で寝ていてくれた 本当に母親思いの赤子だ

次女の熱がさがってヤレヤレと思ったら今度は渓くんと同じ症状、下痢が始まった
前回婦人科の診察は内科系の専門家でない為葛根湯の漢方薬が処方されただけ
婦人科での再診は待ち時間などを考慮して今日は開業医の内科に診察に行った
やはり冬場特有、胃腸がやられるウィルス性の風邪が原因らしい
授乳中でも差し支えのない処方箋を幾つか。。。これで落ち着いてくれると良いんだけど

時間は前後して、娘は病院に行く前に冬音のお腹を満腹にさせ
留守中もし泣いた場合に備えて搾乳した哺乳瓶を用意し寝かしつけて出て行った
洗濯物を干していると冬音が泣き出した 
おむつが濡れていたので交換してしばらく抱いていたら目を閉じたのでベッドに寝かせた
再び庭に出て洗濯を干し終えたと同時に冬音はまた泣き出した

娘が用意した哺乳瓶を温めようとしたら。。。20mlしかない これで足りるかな
それにしてもさっき飲んだばかりおむつも濡れていない。。口寂しいのだろうか
少量の母乳はあっという間に終わってしまったので泣くかな?と思ったが泣かなかった
どうもお腹が空いている様子はないのにベッドに寝かすと泣く
抱いても泣き止まなくなったので最後の手段、私の乳房を吸わせて寝かしつけた

冬音に私の乳房を吸わせるのは今日が初めてではない
4日、娘達が冬音の出産届け提出で外出した時初めて私の乳房を吸わせた
中々戻って来ない娘達、冬音は一向に泣きやまないので苦肉の策だった
片方しかない乳房だけれど冬音は吸いながら疲れて寝てしまった 
不思議な気分、同時に両側乳癌でなかった事に感謝した

そう言えば昔母が私の娘達だけではなく従姉の子供達にも自分の乳房を吸わせていたが
私も同じ事をしている。。。親子だなと苦笑い
いずれにしても冬音が目が見えるようになったらもう吸ってはくれないだろうし
仮に息子の子供だったらお嫁さんが嫌がるだろうし。。。本当に役得だわ(* ̄m ̄)
忙しい日々だったけれど母親代わりを体験出来、楽しい思い出になった(*^_^*)

更に忙しい原因を作ってくれる母さん。。。今年も相変らずだと言いたいが
年明け拒否行動が更に多くなりおむつ替えを始めとして入浴拒否も追加された
7日私が病院を訪れた時は夜間・早朝とおむつ拒否をしたので
強制おむつ替えをしたと看護師から報告があった 
三時のおむつ替えをした時三枚のシートから尿が漏れ使い捨ておむつにも漏れていた
翌日も全く同じ。。。この拒否ばばあと言いたくなった

10日は更に酷い状態でおむつから漏れた尿でパジャマも濡れてしまっていた
素直な母さんならその日は入浴日だったからこんな状態を避けられたのに
自分で入浴拒否したせいだ

下着とパジャマを着替えさせようとしたら。。。ファスナーが壊れている事に気が付いた
このパジャマ。。。確か元日に病院側で洗濯をしてくれた物だ
洗濯担当のUさんは4日まで休みだったしこんな洗い方はしない
多分看護師か介護員がパジャマのファスナーを閉めずに洗ったせいだ
洗濯時か乾燥機内でスライダーと留めビスが外れてしまったのだろう 
最近買ったばかりで未だ新しいのに使えなくなってしまった(TmT)

母のパジャマはおむつなど自分から外せないようになっている
特殊なボタン二つと長い樹脂オープンファスナーが二本付いているつなぎ型パジャマ
従姉が一つ叔母のお下がりをくれて冬用は3つしかない貴重な物なのに泣きたくなった

さすがに私も気落ちしてベッドに座り込んでしまった どうしよう。。。
すると母がこう言った「それがYUKIの仕事だろう 直すのは簡単だ」と
母さんったら人の気持ちも知らないで。。。
120センチもある樹脂のオープンファスナーなんて売っているか分からないし
付け替えるにどれ位の時間がかかると思ってるんだ このクソばばあ。。。
『直すよ、その代りこれが直るまでここには来ないからね!』
喉まで出かかって口内で留めた 言っても無駄、悲しませるだけ無駄
確かに私にしか出来ない事だしこうやって憎まれ口を言えるだけ母さんはまだマシだ

この事を介護員Fさんに報告した
「申し訳ありませんでした 
早速担当の者ににファスナーを留めてから洗濯するよう支持を出します」
院内使用のつなぎパジャマの中から一番状態の良い物をくれた
胸には病院名の【仁】と書かれているのでそにはアップリケでも付けてごまかそう

帰り際手芸店に寄ってファスナーを探したが最長で80センチの物しか見当たらなかった
しかも樹脂ではなくビスロンと呼ばれるエレメントがテープに射出成型されたファスナー
これだと柔軟性がない。。。
定員に頼んでメーカーに問い合わせてもらったが
在庫があっても納期に1ヶ月近くかかると言われた。。ダメじゃん
パソコンから探したがビスロンタイプしかなく最長で100メートル。。足りないじゃん
YKKに問い合わせメールを送り今、その結果待ち 
あれば幸い、なければ足りない20センチは前立てを付けてボタンで間に合わせよう
何とかなるもんさ。。ね、母さん
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by r-petal | 2007-01-12 10:34
寝正月
今年初のブログ、今年も宜しくお願いします
正月三が日半分は寝て過していた(TmT)
今日から夫は仕事始め、私も完全復帰
夫は半日で仕事は終わり午後は部下とショートコースで初打ちに行くとか。。。
私は午前中は冬音の側でまったり過して午後は母の側でまったり過す予定(* ̄m ̄)
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1月1日(月)
元日だけどゆっくり寝ていられない
今日は午後には次女と冬音が病院から退院してくるし
午前中は夫の実家へお年始に行かねばならぬ!
分かっているが体が思うように動いてくれない

吐き気がある。。。胃が痛い。。。体がだるい。。。
翔&迅の食事だけ用意して台所で座り込んでいた
「どうした?」と夫 「吐きっぽい。。」と言うのが精一杯だった
食欲全くなし 暫くソファーで横になっていたが落ち着く様子なし
夫の実家に向かう時間がドンドン迫ってくるけれど支度に取り掛かれない

「大丈夫か? 行かれるか?」
『今日は無理だからひとりで行って』と私が言えば夫はそうするだろうが
夫はひとりで行く気がないのが見えたのでどうしてもその言葉が言えなかった 

実家では義母が私達の到着を今か今かと待っていたが
私同様に体調不良がひとり。。。義父
年末の疲れが出たのだろう
座敷に座ってコップ一杯のビールを飲んだ途端起きているのも辛そうだった
宴会が始まって10分ほどで義父は居間へ 夫が布団を敷いて横になった
正直ホッとした これで遠慮なく私も休める 座敷のコタツで暫く横になった

家長も私も不参加の宴会は直ぐにお開きになって夫は膳を片付け始めたので
私も手伝って家に戻った 
義母には可哀相な思いをさせたけれど小正月には元気な姿で改めて。。。

時間が経つに連れて体の節々の痛みが増す 熱も上がる一方
昼に飲んだ解熱剤は直ぐには効かなかった

楽しみにしていた次女と冬音の迎えを夫に頼んだ
こんな大事な時に熱を出した自分に腹が立った

夫達が帰り娘と冬音の顔を見て、少しだけ食事を口にし二回目の解熱剤を飲んで寝た
夕方長女夫婦が訪れたが気が付かないほど熟睡してた私(* ̄m ̄)

1月2日(火)
夫が早朝5時には起きて翔&迅と一階へ下りて行くのが分かったが起きれなかった

8時、ようやく下りて行くと夫は一人居間で酒を飲んでいた
顔は完全に翔&迅の世話で疲れ果てた様子 こう言う時の父親って。。。哀れよね
確かに大晦日の晩からお重詰め、元旦の用意、翔達の世話
娘達の迎え等々結構頑張ってやってくれたのに誰もそれを称えてはくれない。。。
返って酔って冬音にまとわり付いたらしいから娘達から煙たかれる
私もまだ本調子じゃなかったので夫を構ってやれないが熱は37度台に下がった
どうも風邪とは違う。。。知恵熱か?(笑)

午後長女夫妻が年始に来てくれた頃は気分も良く一緒に過したが食欲は今だなし
みんなが揃って一番はしゃいでいたのは夫だった
食後の片付けは娘達が殆どやってくれ私は冬音を抱いて座っていただけ(役得だった)
この日も一番先に就寝させてもらった

1月3日(水)
絶好調!。。とは未だ言えなかったが今年初の朝食を口にした
二人の若婿さんたちは初打ち(パチンコ)に出掛けたので娘達は我が家で留守番
夫と私は翔&迅を連れて先ず初詣に行き昼近くに実家に向かった
父に年越しを我が家で過すよう再三誘ったが
ピースと過す方が気兼ねがないと断わられたが確かに先見の目があった(* ̄m ̄)

相変らず小奇麗な居間、でもひとり暮らしには広過ぎる部屋数
父はこの生活に孤独感を持たないのだろうか? 
それが娘にとって助かる面でもあり可哀相に思えるが
今はとにかく丈夫で暮らして欲しいと願うだけ
ささやかな祝膳を終えた頃姉も年始にやって来てくれた

姉が一足先に母の病院へ 私達は暫く経ってから向かった
酒臭い夫を車に残して私は母の元へ 姉も未だ待っていてくれた

『母さん。。。』先ずは抱擁 会いたかった!!本当に会いたかった
丸二日も会わないなんて初めてだったので様子を心配したが
気分にも波があるのも相変らずでおむつ替え拒否も相変らずの回数だった
年始に病院側でパジャマを洗濯してくれたのだろう 既に乾いて置いてあった
今朝は味噌汁だけか。。。私より食欲ないね(* ̄m ̄)

早速ベッド上の掃除から。。。昼食だけの汚れとは思えないから夕べから。。
もしかしたら一昨日からこのままの状態かもしれない
姉を送りながら帰りに1階トイレでお尻を洗った
談話室に向かう前入れ歯を外すと食べ物が一杯付着している
もう!母さんが拒否するから全てこの結果だよ!

談話室には君子おばあちゃんと最近入ってきたおじいちゃん二人だけ
メンバーは時々入れ替わるが君子おばあちゃんだけは毎日殆どをこの談話室で過す
そうそう大晦日に君子おばあちゃんから飴を3つもらったんだっけ
先ずそのお礼を言わないと!『昨年は。。。』
君子おばあちゃんは私の事を【ねえさん】と呼ぶ(*≧m≦*)
もっともこのおばあちゃんは名前を覚えれない人はみんなそう呼ぶけれど
ねえさん。。。どの意味があてはまるのかな?毎回ふとそう思って調べてみた
(1)姉を敬っていう語。ねえさま。あねさま。《姉》
(2)若い女性を呼ぶときに用いる語。
(3)旅館・飲食店などで働いている女性を呼ぶ語。《姐》
(4)芸者などが先輩を呼ぶ語。子分が親分や兄貴分の妻などを呼ぶ語。あねさん。《姐》

結果 どうやら私は(2)にあてはまりそうだわ(=v=)
孫もいる私だけど君子おばあちゃんにとったら私は若い女性だわ 納得

「ねえさんにはいつも世話になっているから」と君子おばあちゃん
食事制限がないこのおばあちゃんには毎日飴やお饅頭のお裾分けをしていて
その事が世話となっているらしいが。。。私も随分おばあちゃんには世話になっている

時間制限がある今日の様な訪問は安心して君子おばあちゃんに母の相手を頼める
『母さん ちょっと買い物に行ってくるよ その間ここで話をしていてね』
うなずく二人を残して病院を出た

車に残しておいた酔っぱらいは携帯でスロットをしていた爆))))))
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by r-petal | 2007-01-04 14:33