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母の涙と大晦日
今年は何時もより月日が経つのが早かった
年々短く感じるかもしれないが本当にあっと言う間に過ぎて色々な出来事があった

今日も昨日に引き続いて10時のおむつ替え時間前に母の病院居た
不注意な私の行動で昨日は今年最後のリハビリだったのに母を泣かせて出来なかった
ここ最近母の涙声は何度か目の当たりにしたが
あんなにも涙した母を見たのは随分前で久しぶりだった ごめんね母さん

トイレに連れて行った後直ぐに物療科でリハビリを受けに行った時
リハビリ師不在で時間があったので母に冬音の画像を見せたのが事の始まりだった
愛らしい赤子のあくび姿を見て母の顔が歪んできた
一瞬感動しているのかと思ったら「嬉しくないよ」と涙を流し始めた
初めて冬音の顔を見せたわけではない私にとって母の涙は不可解だった
暫くして昔の自分の姿を見た思いがした

患者にとって見舞い客の思わぬ一言で傷付く事がある
我が身も経験したはずなのに私は冬音の誕生で浮かれ過ぎその気持ちを忘れてしまった
「頑張ってね」これは日本語特有な言葉で英語にあてはまる言葉はない
言う本人も無理をしないでね。。。でも頑張ってね 決まり文句で大意はないけれど
その表現しか激励する事が出来ない。。十分分かっているがその言葉で傷付く
患者は精神状態が普通ではない時がある事を覚えていて欲しい
優しさや励ましで言っているつもりでも健常者から言われる言葉で傷付けられる事がある
「これ以上まだ頑張れと言うのか じゃあお前が頑張ってみろ!」顔は笑顔で心でそう呟く

冬音の画像を見た時、母は自分だけ遠くに居る思いをしたのだと思う
外の世界は皆が幸せ一杯で。。。でも自分はここの世界に取り残されている 
勿論母がそう言ったわけではない
これは私が5年前の入院生活で味わった自分の思いを母に重ねた 
精神的病み人特有な思いだ 
どんなになだめてもどんなに母を抱きしめても元には戻らなかった
うつむいたまま微動だしない
OさんもIさんも心配してくれたけれどリハビリはあきらめて談話室に向かった

幸いにして認知症の母は時間さえ経てばその辛い気持ちを忘れる
残酷だけどありがたいと思う 唯、いつもより忘れるには時間がかかった
温水マッサージをしながら私達の過した時間の事を話す
悲しいかな認知症の母はどんなに一緒に居てもその記憶が残っていない
逆に毎日こうして来なくても同じ事なんだろう それが私にとっては辛い
でも止める事が出来ない それはその時その一瞬を喜ぶ母の顔を知っているから。。。
確実に在宅介護をしている時よりずっと母と居る時間が長くなった
皮肉にも母さんが元気だった頃望んだ願い「YUKIと一緒に暮らしたい」
その願いが今、多少叶った気がする

9時からお昼近くまで母と談話室で過し昼食の膳が運ばれるのを機に病院を出て
東京から帰郷した従姉とランチを済ませてから次女の病院に行こうと思ったが
時計を見て欲が出た 3時のおむつ替えも出来る時間だった
もう一度病院へ戻った 母は昼食時別れた時と同じ談話室に居た

【しゅりごめんね 母さんのわがまま。。。
今日はばあばと居たいから会いに行けなくなったよ
でも明日の退院時には渓くんと迎えに行くからね】
娘からの返事は十分分かりつつの詫びメールを送った
「母さん全然OKだよ」
・・・やっぱりね ありがとう

今年も後1時間を切った 皆様良いお年を。。。
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by r-petal | 2006-12-31 23:20 | Comments(3)
念願の。。。
天気予報によると冬型の気圧配置が強まるため
県内は28日夕方から30日初めにかけて北部を中心に大雪となるおそれがあるらしい
我が地、南部も午後の降水確率は50% 果たしてどの程度の積雪になるのやら
次女の入院している病院は山沿いにあるのでそれを考慮して
午前中に訪問を済ませその足で母の病院へ向かう予定

それにしても困るのはこの天気
我が家の洗濯物はどうにでもなるけれど母と娘の洗濯は至急乾かしたい
朝一でコインランドリーに出掛けて来た

********************************************
12月27日(水)
「母さんおはよう 母乳が出たよ」娘からのメールが届いた時
婿の渓くんはまだ就寝中だった(* ̄m ̄) 母子の姿が目に浮かぶ

9時から診察があると言うのでそれが終わる頃娘の入院している病院へ向かった
正直未だ孫の冬音が可愛いと言う実感が湧いてこない 
窓越しでの対面のせいか私が鈍感なのかな?

病室には娘の姿がなかった 看護師に聞くと授乳中だと言われた
「もうじき出てきますよ」言葉通り娘はナースステーション奥の部屋から出てきた
(*≧m≦*)歩き方が笑える

出産時の会陰切開は約7割弱だと言う
切開しなくても産める場合と切開せず裂けてしまったり
切開してもさらに裂けたりと本当にお産は大変だ
娘は予め会陰切開せず自然分娩した結果何箇所裂けたらしい
抜糸不要の溶ける糸で縫われたらしいが
それがつって痛みがあるのは経験者なら分かると思う
そのせいで不恰好な歩き方になっていた 私の時と全く同じだ

「おっぱいが出るのに冬音は飲んでくれないんだよ!」
そりゃ貴方のやり方が不慣れなのよ 慌てない慌てない
談話室で娘と二人。。。昨日もずっと一緒だったのに久しぶりにゆっくり会話をした気がする
尤も昨日のあの状態で会話を楽しむなんて無理だったけど 爆))
改めて見事な出産を褒めた 妊娠中水中ウォーキングやヨガ、散歩とよく努力した結果だ

婦人科病棟の面会時間は午後からになっているので
今日は冬音には会えないと思っていたが
ダメ元で看護師に面会を申し出てみた
「娘さんのお母さんですよね?」と聞かれた『はい』と無意識で返事をすると
「赤ちゃんをお連れしますね」私はてっきり昨日と同じ窓越し対面かと思った

娘が今居る部屋は一般婦人科疾患の病室
母子が一緒に過せる部屋には午後移動予定なので
冬音はそれまでナースステーション奥の部屋に居る
看護師は冬音を「なごみ」と呼ばれる部屋へ連れて来てくれた
「手をしっかり洗浄して気の済むまで抱っこしてあげてください」 やった!!!

冬音は2958グラムで産まれた 1日経って多少の増えはあるだろうが
それでも軽い。。。抱き上げると冬音は泣き出した
その頬に私の頬を付けると泣き止んだ。。。可愛い!
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冬音を抱く。。念願の瞬間だった

「母さん、冬音を抱いたのは私の次に母さんだよ」 
嘘!渓くんは?
「あの時は確か看護師さんが抱っこしていたから渓くんもまだ抱いてないよ」
本当?!
「ベッドに寝ている冬音を触ってはいるけど多分抱っこはしていないはず」
ごめんね渓くん(* ̄m ̄)
この瞬間で冬音に対して愛情が湧くんだもの 娘の退院後の自分が怖い 爆))))

これだけで十分幸せ気分なのに帰り際、娘から手紙をもらった
出産を無事済ませた昨夜、思いを綴ったらしい 
娘と別れて駐車場でその手紙を読んだ

【お母さん、ずっと側にいてくれてありがとう
 お母さん、ずっと手を握っててくれてありがとう
 お母さん、ずっと背中をさすってくれてありがとう
 お母さん、ずっと励ましてくれてありがとう
 お母さん、しゅりを産んでくれてありがとう・・・ ・・・ ・・・】
文面は未だ続いていたけれど涙で読めなくなった

母さん。。母さんと私の母娘の絆 次女にもしっかり繋がったよ
娘よ、ずっと側に居させてくれてありがとう 
娘よ、ずっと手を握らせてくれてありがとう
娘よ・・・思いは同じだ 私の娘に産まれてきてくれてありがとう
将来、冬音から同じ言葉をもらえるよう絆を繋げていくんだよ 
そして随分遅れちゃったけど母さん、私を産んでくれてありがとう
   ********

父から昨日の母の機嫌の悪さを聞いていたので心して病室に入って行った
『しゅりが女の子を産んだよ!』驚き作戦で有無を言わさぬ手をとった
作戦は成功、母は目を見開いて驚いていた、最初に出る愚痴を封じた所かな
『後で写真を見せてあげるから先ずはトイレとリハビリ 今日も忙しいよ!』

リハビリは午後の始まり時が一番空いている事が分かって来た
唯 そうなると指の準備マッサージがリハビリ前に出来なくなるが
必要性を比べたらこちらを優先したほうが良い
トイレの後直ぐに物療室でリハビリを受ける様に変更した

ラッキー♪ 今日は放射線科のOさんが居る 早速リハビリ開始
歩行リハビリの後輪投げに挑戦
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入所して母は右手が不能になったので可能な左手で輪を投げるが 
手首を使うスナップの要領が分からないので届かない 辛うじて2本だけ入った

久しぶりにOさんが母の手を取って例の指クロスを始めたので私は席を立った
痛がる母を見るのは辛いし私が居る事で母に甘えが出てはいけない
従姉が良いアドバイスをくれたのでそれに従う事にした
廊下の長椅子に座ってしばし。。。中から母の声は何も聞こえてこない
おそるおそる部屋を覗くと母は手をクロスしている 嘘!
こちらを見てにこっと笑った母を見て安心して中へ入って行った
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『Oさん 凄い!』「でしょ」と自慢げな顔
『母さん 凄いよ!クロスが出来てるよ、痛くないの?』「ちょっとだけね」と母
冬音抱擁に続いて二つ目の念願が叶った この日が来る事をどんなに待ち望んだか
母さん頑張ったね! Oさんありがとう!
「温水マッサージも大分効果あったんですよ」Oさんからもお礼を言われた

『年末年始の事ですが・・・』病院が休みになれば当然リハビリも中止になるが
折角ここまで回復した体力を落としたくない
Oさんに許可をもらって私が廊下のポールを使って母の歩行リハビリを続行する事にした
母にとっては年末も年始も関係ない 

やっと3階談話室でお茶の時間 
『母さん、ひ孫の冬音だよ』画像を見せるとプっと噴出した
「ひ孫って言っても実感が湧かないよ」
私と一緒だ でもその腕に抱いたらきっと今日の私の様に可愛さも出てくるはず
年が明けたら直ぐ次女が我が家に居る間に外出許可をもらって
母を我が家に連れて来ようと思った

今年も後4日。。。母さんと同じで私も年末年始の休みなんて関係なさそうだ
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by r-petal | 2006-12-28 13:07 | Comments(2)
初めまして。。。冬音
次女の夫、渓くんは未だ就寝中
昨日の立会い出産の疲れがドッと出たのだろう
今日の出勤時間は夜の9時から それまで時間はたっぷりある
ゆっくり疲れを癒して目が覚めたら。。。娘の冬音と妻に会いに病院だね♪

2006年、YUKI家最後のビッグイベントは終わった
若夫婦、長女出産本当におめでとう! 

時は遡るがクリスマスイヴ、母の病院に行かなかった
午前中、渓くんのご両親が我が家に来て 午後、夫の実家訪問を済ませたらもう3:00pm
私の事だ、母の顔を見たらトイレにマッサージと絶対に直ぐには帰らないと思った
今から出掛けたら多分帰りは夕方遅くになってしまうだろう
時計を見て『行かないよ』と言った時の夫の嬉しそうな顔もちらついた
たまには私も休日をもらおう。。。その日は夫と二人だけのイヴ

翌25日、母と二人でクリスマスを祝った
ケーキを見せると「こんな物に無駄使いをして。。」と母は愚痴った
「食べたくない」と言っていたが結局全部食べた(笑)
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院内には介護員がサンタクロースに扮してプレゼントを配って歩いていた
母の衣装ケースの上にも「メリークリスマス」と書かれたティッシュボックスが一箱
『良いものをもらったね』と言うと「くだらない物だ」と再び愚痴った

一方次女、出産予定日から丸1日が過ぎたが今日もその兆候は全くなし。。。
渓くんと二人だけのクリスマスを祝う為自宅に帰って行った
********************************
12月26日(火)
ちょっと寝坊をしてしまった。。起床は5:30am
虫の知らせかな?朝食の準備を始める前に携帯チェックをした

次女からメールが届いていて着信時間は5:20、ついさっきだ 
「陣痛なのか分からないけれど寝ていて目が覚める痛みがある
最初は4時17分続いて4時28分・59分・5時12分、痛みの長さは短い感じ・・・」とあった

10分置きか。。。まだまだかな、我が家に戻って来るようメールを送り返した
夫が出勤して間もなく渓くんと次女が我が家に到着 6:40am
辛そうだったけれど陣痛はこんなものじゃない 
次女は暫くソファーで横になったりトイレに行ったり。。。

落ち着かない渓くんにコーヒーを出した『今日は長い日になるよ 先ずは目覚まし』

診察時間前だが病院に電話を入れた
「痛みが5分置きになったら来るように」と指示が出た 

8時近くになってトイレに行った次女が「おしるしがあった」慌てた様子
痛みもほぼ5分間隔になってきた そろそろかな
入院の荷物と車のエンジンを渓くんに頼んで翔たちをハウスへ入れ
3人で病院へ向かった
外来で受付を済ませて長椅子で待っていると長女がやって来た

子宮口は5センチ 出産は10センチだからもう一頑張りだ

次女を筆頭に渓くんと長女と私。。。かなりの付き添いで3階の陣痛室に移動

今日陣痛が始まると思っていなかった渓くん、市役所へ行く用事があると言い出した
付き添いを引き受けて渓くんは大急ぎで病室を出て行った
長女にも自宅へ戻るよう言ったが一緒に居ると言い張る
勿論次女の心配もあるが1ヵ月後に控えている自分の出産の参考にしたいのだろう
でも看護師から「院内は色々な細菌があるから」と言う言葉で渋々我が家で待機になった

陣痛室に入って直ぐ痛みの強弱や心音を計る機械が取り付けられた
痛みはほぼ5分置きの繰り返しになってきたが今一強さが足りない
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10:10am これから更に痛みは増してくる 一旦機械が外された

この頃から次女に肛門を圧迫して欲しいと頼まれた
子宮口が開いてくると赤ちゃんが下りてきて肛門が圧迫され
いきみをがまんするのがつらくなって来るらしい
私達の時代にそんな事をされた覚えもないし教えもなかった
こんな事ならお産教室を一緒に受けておけば良かったと後悔した(苦笑)

11:30am近くやっと渓くんが部屋へ着た
「旦那さんも戻られたしお母さんもご自宅へ。。。」と看護師
その言葉に首を横に大きく振ったのは次女 渓くんもコクリとうなずいた
二人が分娩室に入るまで一緒に居ようと思った

次女はどうしても横向きになるので前方で妊婦の手を取り、励ます役と
陣痛が来た場合妊婦の後方から肛門を押しながら腰をさする役と分かれる
渓くん不在の時は私が両方やっていたが肛門押しも結構指に負担が来る
戻った渓くんに肉体的な役割を頼んだが次女の視線は常に私に向けられるから
どうもこれだと夫の存在価値が薄いように思えてきたので
三回目のパット交換と点滴投入で一旦廊下に出され再び入室した際
渓くんと私の役目を交代した 子宮口は8センチになった

12:15pm 次女の陣痛もピークに近づいて初めて悲鳴に近い声を発した
子宮口は10センチ 適時破水も始まった

看護師は様子を診に来る度次女の呼吸法を褒める
確かに自分の時と比べて本当にきちんとした呼吸を繰り返している
苦しくて「力みたい!」と絶叫しながら必ず息を吐いている
我が娘ながら本当に凄いと思った

4回目のパット交換で再び入室した時次女はベッドにはいなかった
いよいよ渓くんと娘が二人でその時を迎える時が来た 私の役目は終わりだ
渓くんは私の顔を見て分娩室へ入って行った 頑張れ、新米パパ!

談話室の時計を見たら3:05pm 
病院に着いてから7時間近く経ったんだ。。。 
初産にしたら本当に早い時間経過だけれど私にしたら長かった

15分もしない内に渓くんが談話室に飛んできた
「YUKIさん、冬音が無事産まれました!」と抱きついてきた
嬉しさよりも余りの早さに気が抜けたと言う感じだったが
時間が経つにつれて娘の頑張りを称えたい気持ちが強くなってくる
そして「娘に負けたな」そう思った
それほど私が次女を産む時はめちゃくちゃだった

知らせを聞いて駆けつけた長女とガラス越しでやっと冬音と初対面した
『冬音 初めまして。。。』初孫だ
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なんとまぁ髪の毛が豊富な赤ちゃんだ 口元と鼻が次女に似てる(=v=)
分娩室に居た渓くんが出産後初めて冬音を抱いた娘の画像を見せてくれた
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次女の処置にまだ時間がかかるので長女と一旦病院を出て遅いランチを取った
再び病院を訪れた時、駆けつけた夫と渓くんが談話室で携帯ゲームをしていた
全く男って。。。。(*≧m≦*)

同じく仕事途中で駆けつけて来た長女の夫賢くんと夫は冬音に初対面
長女と私は二度目の対面
冬音は産まれたばかりの時より可愛くなっていた(笑)

今日一番の功労者、次女をしっかり抱きしめて自宅へ戻った
面会時間終了まで次女と居た渓くんが戻るのを待って祝杯を挙げた

明日はひ孫の画像を母に見せてあげよう!果たして反応は如何に?
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by r-petal | 2006-12-27 07:21 | Comments(6)
まず杖☆そして右!左!
やりかけの事を来年に持ち越すのは余り良い事ではないと分かっているが
やりかけの事だらけ。。。娘達へあげるつもりのスリングも裁断しっぱなし
色留袖の直しも未だ終わらない状態。。。昔はこんな私じゃなかったのに。。。
 
こんな私と言えばもう一つショックな出来事が発生
昨日コンタクトを無くした! 正確に言うとはめようと思ったらケースに入っていなかった
。。。と言うことは一昨日の夜外した時に何処かに落としたのだと思われる
毎回ケースに納めた後は確認するのが常だったのにそれを怠った。。。。
昔はこんな私じゃなかったのに(涙)
今日一番初めの外出は眼科だな (* ̄m ̄)
******************************************
12月21日(木)
病院から帰った時娘達が夕食を用意してくれてあった
夜は久しぶりに娘達と私の3人だけの夕食
テレビを付けず話に花が咲く(=v=)
話題はそれぞれ娘が産まれた時の様子を当時の母子手帳を見ながら話した
幼かった娘達がほぼ同時に母親になるなんて。。。不思議だ
満腹状態になった時、次女の夫渓くんがご帰宅
相変らず面白い事を言い出す若婿さんは次女と長女に任せて私はお風呂に入った
今日も一日無事終わったな。。。久しぶりにゆっくり湯舟に浸かった

話は昼間に戻り、コンタクト紛失事件で午前中大分時間ロスしたが
お友達の勤め先の染織やへ出掛けた
今日こそ仕上げるつもりの着物の直しも途中までで帰宅
毎回2時間ではやはり無理があった 
お昼を簡単に済ませると次女がやって来た 続いて長女
二人の到着を待って母の病院へ

今日は午後のおむつ替えが始まるギリギリの時間に到着
母は特別扱いだから3時と言う時間に拘らない事にした
早く行っても午前中の母の出方次第で1人だけ早く替えられてしまうし
午前中大人しく替えてもらった場合は少し遅くても間に合うのだから
予想通りドアは開いていたが母のベッドのカーテンだけ閉まっていた
どんな様子で替えてもらうのかドアの所で待機していた

「ほっといてください このままでいいんです」後は意味不明な言葉を発している
その内「誰かそこにいるのかい? お願いだからほっておいて」と続く
私の足がカーテン下から見えたのだろうか? 
待てよ。。。足が見えると言う事は母はどんな状態で寝ているんだ?
横に体を向けられ尻でも洗ってもらっている状態なのだろうか?
母の声以外何も聞こえない

介護員は母の言葉なんか聞き耳持たずに無言で交換しているのかと思った
随分な態度だ。。。カーテンを開けた時誰だか顔を見てやろうと思った
所が暫く経ってもカーテン越しからは母の声しか聞こえてこない 
新聞紙の音すら聞こえてこない 確かに妙だ

思い切ってカーテンを割って中に入ると。。。母以外誰もいない あれま
母さんは独り言を言っていたんだ じゃあどうしてカーテンが閉まっているのだろう?
衣装ケースの上には取り替え用のおむつが置いてある
誰かが替えようとカーテンを閉めたが母があの態度
手こずっている内に呼び出しがあったのか急用が出来たかで一旦病室を出た。。。
母が状況説明出来ないのだから推理するしかない 

10時のおむつ替えの時は【-】になっている 濡れていなかったんだ
で。。。早目のおむつ替えになったのか 
それにしても母さん、危機一髪で間に合ったね
カーテンを引いた時定刻のおむつ替えになり二人の介護員がドアを閉めた

私が来た時の状況を話すと「誰がカーテンを閉めたのかな?」介護員も知らぬようだ
「私がカーテンを閉めたんだよ」と母
『母さんが歩いて?』「ああ」『何のために?』「当然じゃないか」と言いながら手招きする
口元に耳を持っていくと「奴らが入って来れないためだ」とコツンと頭を叩かれた
数分は意味不明の小言続き 
私が生まれる前の事なんか愚痴られても話しを合わせられない、知らない世界だもん
『へぇ~~そうなんだ』と適当に適当に

「早くしないと漏れる!」と母 今排尿中なんだろう、涙目になった
そして母の言う【奴ら】に捕まりたくないから一刻も早く病室から脱出したい様子だ
ベッド掃除は後回しにしてトイレに向かった
使い捨ておむつまで漏れるほど大量だった

以前にも触れたおむつの種類の話だけれど
何回でも取り外し可能な紙おむつの上に大きなフラットシートを二枚重ねする
(良い子のお年寄りだとこのフラットシートは1枚で済む)
更にその上に尿取りパットを敷くのだがそれでも紙おむつまで濡れると言うのは凄い量になる

母は療養型の扱いだから普通なら使い捨ておむつを家族が用意するのではなく
院内の洗濯して使い回しするおむつカバーが適応になり家族は金銭面で楽なる
だが母は拒否行為の回数が多い為、院内のおむつカバーでは長時間の場合漏れてしまう
その為パジャマやバスタオル・防水シートの洗濯物が逆に増えることになってしまう
母に限らず他のお年寄りも前回のおむつ交換時に-になっていると母同様のケースが起こる
金銭面の負担か洗濯の負担か。。。と比べたら使い捨ておむつを用意する方が楽だろうな

さて。。。現実に戻り、使い捨ておむつまで濡れてしまった状況を見て母は一言
「ケチケチするな みんな新しいのに替えろ」と言った こりゃ暫く手ごわいぞ!

いくら母が怒ろうがそれは一時の事だから気にはしないが
トイレでのおむつ替えは母がその気になって協力してくれないと
おむつも付けれないしパジャマのファスナーも閉めれない
ま。。。最悪尻出し格好でもベッド上で処理すれば良いけれど 余りにもね(*≧m≦*)
なだめたりすかしたりで。。。無事おむつ替え完了

3階に戻って改めてベッド上の掃除と入れ歯洗浄が済んだ所で従姉とバッタリ。。。
一足先に叔母の元へ行った従姉を追って私達も会いに行ったが大爆睡
従姉の呼びかけも私が頭を撫ぜても起きなかった 
余りの熟睡振りに思わず『生きてるよね?』って呼吸を確かめたくらい(* ̄m ̄)
午前中の入浴でこんなにも疲れ果ててしまうほど体力は落ちちゃったんだね

右腕中心の準備体操・おしぼり仕事を済ませて物療室へ 今日もリハビリ続行
H君もOさんも居なかったので母と一緒の自主トレからスタート 技師達の到着を待った
暫くしても戻らないH君をマッサージ助手のおばさんが放送で呼び出してくれた

歩行リハビリが始まって私は一旦部屋を出て廊下の椅子に座った
H君の声と母の声を聞きながら祈る
『母さんがどうか無事最後までリハビリを受けてくれますように』と

杖歩行になるとどうしても右足がスムーズに出ない母に
マッサージ助手のおばさんも加わってかけ声をかけてくれる
「まず最初は杖を出して 右足 そして左足」母の歩行に合わせて二人の声かけは続く
難しいねと落胆する母を「体が覚えたら直ぐに出来るようになるよ」と励ましてくれていた

短時間のリハビリが終わり母を迎えに行った
『母さん 今日の復習をするよ 最初は杖!次は?』「右」『次は?』「左」
もう一度復唱するよ!「最初は杖、次は?』「右・左」その調子、もう一度・・・
エレベーターが3階に着いて談話室に着くまで今日の復習は続く
多分明日には覚えていないだろうけどこれも根気 頑張ろうね(*^_^*)

うめこさんが母を待っていてくれた 手招きしている
夕食はもう直ぐ。。。かあさんまたね

帰り際 看護師に呼び止められた
母の便秘は今日で5日目 
浣腸拒否されたのでラキソより強めの下剤服用になるらしい
明日のおむつ替えは介護員も私も覚悟が必要かも(* ̄m ̄)
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by r-petal | 2006-12-22 08:54 | Comments(0)
世話減らし
夫の出張先は和歌山県 今朝通常通りの時間に会社へ向かった
午前中に二人の部下と共に南紀田辺に向かう予定
帰宅は明日の夜 道中の無事を祈りつつ帰宅を心待ちしてる

夫の留守中に次女の陣痛が始まるのを心配したが
昨日渓くんと一緒に受けた検診の結果、出産は未だ先の様子
どうやら予定日24日より遅れそうな気配になってきた
がっかりして帰ってきた次女 食堂に入るなりミニパンをパクついた
「やけ食いするなよ」と渓くん(* ̄m ̄)
『子供はね、貴方がそうであったように親の思う通りにはならないの
居心地が良くて出られないでいると思うことね』
新米ママは早くも長女・冬音の反抗期を受けてる所だ(笑)
**********************************
12月20日(水)
次女と渓くんの検診結果の報告を聞いて母の病院へ向かった
駐車場に着いたのは昼少し前だが車を止めるスペースがない
多分昼の介助にやってくる家族が集中した為だろうが困ったな。。。

週日は殆ど夫の車で通っているので広い場所でないと車を止めることが出来ない
出そうな車を探すが人影はない 暫く待った
玄関から一番遠いスペースが空いたので病院を一周して戻り其処に止めた
思わぬ時間のロス 母はもう食べ終える頃だろうか

外来廊下・階段を運動場の如くに小走りで病室に向かう
病室廊下から母のベッド前のおばあちゃんの食器が見える 
間に合った。。。と思ったら母だけもう布団の中で横になっていた 早!
思わず記録書きに目をやると【ほぼ全】となっている 食べたんだ 

機嫌が悪かった 『お誕生日おめでとう』これは姉さんからの伝言
今度は私 『母さんお誕生日おめでとう』
多分今朝から何度か耳にする誕生日の祝い言葉でうんざりしているのだろう
「うるさい!」と一言 その内
「ひとりっきりで食べるご飯なんかちっとも美味しくない」とすねた
暫くほっておこう(* ̄m ̄) 

パジャマが変わっているから午前中に入浴を済ませたのだろう
その洗濯物がないのはきっと父が訪問時に持って帰ったのだろう
ここ数回父が洗濯物を持ち帰ってくれる 
以前はおきっぱだったけれど私を気遣ってくれているのだと良い方へ解釈(笑)

おむつは10時に替えてもらってあるのでそう急ぐ事はない
先ずは指のマッサージから始めた
昨日からお湯に手の甲を入れると痛みを感じるのは私も同様になってきた
親指のアカギレ。。。結構しみる 一方母は綺麗な指だ
83歳の母に負けてるなんて。。。空しいなぁ

湯を二度替え準備体操は完了 
母の指マッサージと同時に右手の腕の上げ下げも行なっている
最初は持ち上げただけでも痛がった右腕が徐々に上がるようになり
痛みも少なくなったようだ、自力では無理だが胸の位置まで上がるようになった

夫は余り大きな成果を望むなと言う 
期待が伴わなかった場合私が傷付くのを心配してくれているのだと思う
『大丈夫よ 私は悪化を少しでも遅らせるだけ』後は本当に母の努力だ
だから私はおむつ替えとこのマッサージは今後も止めるつもりはない

『母さん ちょっと早いけれどリハビリに行って来ようか』
放射線技師Oさんの姿はなく療法士助手のH君が居た
前回このH君のリハビリを拒否した母 
その日は母の気持ちが落ち着くのを待ってOさんに担当してもらったが
私の目から見て 放射線科の技師Oさんの方がリハビリが上手に思える
お年寄りが少々痛がってもあの手この手で治療を続けるからだ

一方若いH君はその押しが一つ足りない 拒否すればそれで終わりにする
今日は手のリハビリは行なわれず歩行リハビリのみで終わった

母のリハビリが始まると私は廊下に出た 少しずつ私の同伴時間を減らさないと
次女の出産に備えて始めた母の世話減らしの一つ
リハビリを再開した頃は自信がなかった為、一々私に「これで良いのか?」と確認を取る
歩行の要領を母の体が覚え始めると自信が出たのか私の姿がないと
確認の言葉はOさんやH君に向けられるようになった 母はちょっぴり成長した

二つ目はもっと前から始めた事だが、なるべく母に友達を作る事
名前なんか覚えなくても顔見知りが1人でも増えたら母の警戒心が減る

先ず私が談話室にやって来るお年寄りと仲良くなるよう努めた
お掃除担当のMさん、洗濯担当のUさん、勿論介護員も看護師も対称相手
ここに居る皆が私の友達で母さんの友達、お陰で幾人か見覚えある人物が増えた
談話室に取り残して帰っても安心出来るようになった 
君子おばあちゃんかうめこさんが相手をしてくれる

そうそう 今日はビッグイベントがあったんだ!
【クリスマスのつどい】介護員さんたちが企画構成した1年に一回だけのつどいらしい
多分母より私の方が楽しみにしていたかも(* ̄m ̄) 
普段馴染みの介護員さん達の紙芝居や演奏の発表、さてその成果は如何に。。。

D棟1階 ここは一般の人は滅多に来られない場所
母さんたちが食べる食事もここで作られる 食堂の家具も他とはちょっと違ってリッチ
個人用のリハビリ入浴施設もある 今日のクリスマスのつどいはこのホールで行なわれた

私達の到着は5番目、席は勿論前席
後から後から車椅子で運ばれるお年寄りや自力歩行でやって来るお年寄り達 
総勢50人位集まったな。。。
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先ずは介護員Fさんの挨拶から紙芝居
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カードマジックに続いてギター演奏
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ハンドベルの演奏に合わせて「きよしこの夜」の合唱
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母さんも笑って歌ってた
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続いてサックス演奏 つどいは「信濃の国」の大合唱で終わった
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時間は小一時間 でも帰りのエレベーター移動でかなりの時間を費やした
母と私は一番最後のエレベーターで3階に戻り1階のトイレに直行して再び3階へ
この病院は増設に増設した為D棟からは一度3階に戻らないと
外来トイレには行けない仕組みだからややこしい

1階トイレでは嬉しい驚きがまた一つ
便座に座ると母の右手はいつもダラリと下に垂れた状態だったが
今日はふと見ると便座横の肘当てに右肘を置いていた! 
其処まで腕を無意識に持ち上げたんだ 嬉しくて母を思わず抱きしめた
3階の談話室でやっとお茶タイム 母は林檎ジュースを飲み干した

つどいの演奏で気が付かなかったが長女からメールが入っていた、
誕生日祝いを直接電話で伝えたかったらしいが携帯を見るとバッテリーが。。。怪しい
3階から再び1階外来へ 公衆電話を探した
携帯も便利だがこう言う場合はやっぱり旧式電話もありがたいものだ
ただ財布を見ると10円玉は3つだけ 『母さん9分間だけの会話だよ』
自宅に電話を入れる 先に長女が、続いて次女が母に祝いの言葉を告げていた
嬉しそうに話す母 ありがとう娘達
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再び3階談話室へ戻る いやはや今日は何度上下した事か
おしぼり仕事の真っ最中 母は6本巻き上げた
夕食開始時間は5:45頃 
その膳が運ばれる直前、うめこさんがやって来たので母の元を離れた
母さん。。。楽しくて忙しい半日だったね
もう一度言わせて。。。 お誕生日おめでとう
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by r-petal | 2006-12-21 09:11 | Comments(4)
祝83歳
母にとっては誕生日なんて何の感慨もないだろう へそ曲がりだから(* ̄m ̄)
食に関しては本当に関心がない 
母が在宅生活を送っていた頃確かに食事をした事を忘れた事が度々あった
我が家でお昼を食べたのにも関わらず家に帰ると父に
「YUKIの家では何も食べさせてもらわなかった」と言ったらしい

院内にもこう言うお年寄りは一杯いて思わず笑ってしまう会話もしばしば耳にする
おやつを食べたのに「くれない」と駄々をこねる園子さん
おしぼり仕事を終えた君子おばあちゃんは「飴もくれない」と愚痴る

「けさよさん おやつどう?」介護員の申し出を殆ど毎回断る母が
この先どんな態度に変わるのやら。。。

今日はへそ曲がりで頑固で寂しがり屋さんの83回目の誕生日
きっと朝起きてから沢山の介護員さん達から「けさよさん おめでとう」と言われるだろう
気を使って苦笑いする母の顔が目に浮かぶ(笑)

我が母はケーキや品物なんて喜ばない
一番欲しい物。。。多分家族と過す時間に決ってる
母さん、今日はいつもより早く会いに行っていつもより長く側に居るからね

・・・と言う事で今日のブログはこれにて終了(笑)
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by r-petal | 2006-12-20 08:02 | Comments(7)
目指せ要介護3
昨日に引き続き今日も午前中は縫い物予定
娘達のスリングはちょっと中断して今日は和裁
姪の結婚式用の色留袖の裄丈と可能なら着丈直し
場所はお友達の勤める染め物店の仕事場なので手先より口先の方が動くかも(* ̄m ̄)
午後はいつも通り母の病院 
リハビリ続行の戸惑いは消えた!今日も張り切って参加予定

************************************
12月18日(月)
早朝仕事から帰った渓くんと過す為一旦住宅に戻った次女
今日も婿殿は午後1時には出勤 それを見送った頃我が家に戻ってきた

長女も同じ頃我が家に到着 妊婦二人は只今犬の縫いぐるみ作りに没頭中
ほぼ出来上がった犬を眺めると。。。犬と言うより熊だな爆)))
笑っちゃうけど次女の犬はふっくら体型で長女の犬は痩せ型
作った本人の体系がそのまま現れていた (* ̄m ̄)
次女は器用に縫い上げるが長女は縫い物が大の苦手で(誰に似たのやら)
大笑いして病院に出掛けた

【今日は介護員Fさんが出勤していてくれるといいな】そう願いつつ

私が訪れる少し前に従姉が母を見舞ってくれたようで機嫌がいいよと電話が来た
その時は良くても直ぐ気分が変わるのが母 余り期待は出来ないぞっと

「あれ!本物のYUKIかい?」母の第一声 なんのこっちゃ。。。
『本物のYUKI只今参上!』
ベッドから車椅子に移動する時の母は自分の体を支えている事が出来ないのが常
掛け布団を背中に置いてひっくり返し防止をして靴を履かせるのも常

リハビリを本格的に開始してまだ1週間 その間に休日もあったから未だ間もない
まだまだ大きな効果の程は期待できないが小さい事が幾つか出来るようになってきた
例えばベッドから立ち上がる時はかなり自力で立てる様になった
ステップ台も左足なら自分で下げる様にもなった 
麻痺した右足も調子が良ければ私がステップ台を下げれば其処に足を乗せる事も出来る

そして問題の右手の手首がこんなにもスマートになった
指もここまで伸びるようになった
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上段の画像は12月15日撮影 
Oさんのリハビリを受けた二日後+私の指マッサージを始めた時の画像で
幾分人差し指が伸び出した頃

下段は今日温水を使ったマッサージをした直後の画像 違いは一目瞭然
たった数日のリハビリとマッサージでここまで成果があったのは
発症から3ヶ月と言う短い月日だったという事と
温水マッサージ中、母が痛みに耐え、よく頑張ってくれたお陰だ

このマッサージを談話室で行なっている時に介護員長Fさんがやって来た
「頑張っていますね~~」と母に声をかけてくれた
『Fさん ちょっと相談したい事があるので時間が空いた時お願い出来ますか?』
今からでも大丈夫と言うFさんに 母の前では。。。と小声で話した

カレンダーのページめくり これは健在な左手のリハビリ
几帳面な母だから必ず次のページをめくる これも根気 結構粘る
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一仕事を終えて再びやって来たFさんが目で合図をしてくれた
『母さんちょっとトイレに行って来るから』と席を外す

『実は母のリハビリを先週から始めたんです』
「お母さんとYUKIさんの頑張りはリハビリ室から報告が入ってますよ」
『私のしている事は良いことなのか悪い事なのか自信がないんです』
母の機能回復は家族にとっては嬉しい事だ
でも問題児の母が拒否行動に出た場合使えるようになった右手を使って
万一、介護員や看護婦を傷つけてしまったら。。
自力で少しでも歩けるようになった場合ベッドから落ちる可能性も出てくる
今まで以上に介護員が目を離せなくなる。。。
こんな事態を招く結果になるとしたら私のしている事は介護員に迷惑をかける

Fさんは大きくうなずいてこう言ってくれた
「YUKIさんの心配はよく分かります 確かにその可能性はあるかもしれない
でも残存する機能をみすみす見殺しにして寝たきりにさせないのも私達の仕事
遠慮なくお母さんのリハビリを続けてください 私も協力しますから」
『ありがとうございます』
母さん。。。。お許しが出たよ 遠慮なくリハビリが出来るよ

さぁ時間は無駄に出来ない 早速リハビリ室へ向かった

結構リハビリ室は混んでいた 母の番が来るまで後3人
母のやる気がなくならない様何とか時間を持たせなきゃ
歩行ポールの前に陣取ってリハビリしているお年寄りを見学
『あのおばあさんより母さんの歩行の方がずっと良いよ』
勿論お世辞だが「当たり前だ」と母
おばあちゃんは一往復出来ずに椅子に座った
『あのおばあちゃんより母さんの方が体力あるね』
これは本当だった 母は3往復休まず出来るのに「そうかな~」と自信薄 逆だ(* ̄m ̄)

サボっている私達にOさんが「待ち時間は自主トレをしてくださいよ」と言った
そうだった。。。ベッドでお尻移動があったんだ
はて。。。どうやったんだっけ?日曜日を挟んでの第二回目だから忘れた 爆))))

先ず車椅子からベッドに移動 この際左手を付いて座らせる。。。だったよな
母はすんなり出来た ベッドに座らせると自力で座っていられる
車いすに座っている事もりっぱなリハビリに繋がってる
『母さん左の端まで手とお尻を使って移動するよ 先ず左手をついて。。。』てな調子
所が母は動かない 「YUKIが先頭で動かなくてどうする」ときた
多分やり方が分からないんだろう 私をだしに使った
母の左隣に座って見本を見せると母も一緒に動き出した その調子だ
ベッド左端まで到着すると今度は右に移動 これを一往復 ん??二往復 あれ???
気にはなったがサボると母が怒るので私の自主トレを止めれない
左側移動は母の視界に私が入るので一緒に尻移動をしたが
右移動の時、母は右方向を向いているので私は視界にないので立ち上がって母の姿を見た

何と!母は麻痺している右手をベッドについて移動していた 動いてる!! 
『Oさん 右手を出して移動してますよ!』嬉しくて報告 
「本当だ。。。短時間で効果が現れてますね こりゃ完治が期待出来そうですね」
勿論完治なんで出来るはずがない 現状維持が精一杯だろう
でもその言葉が母さんには励みになる 例え明日忘れても同じ言葉でその場を頑張れる
「YUKIパジャマの袖をまくってくれ」母はやる気満々だった

自主トレは終わり後はOさんにバトンタッチだ
私は母という車のエンジンをかける役目
運転は専門家のOさんの役目 後を頼んでリハビリ室を出た

今現在、母は要介護4
母さん 二人で頑張ってランクを一つ上げよう! 目指せ介護3だよ!
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by r-petal | 2006-12-19 09:15 | Comments(2)
後藤さんのお陰
土曜日から我が家に再び里帰りしている次女が朝早くからベビー服選びをしている
退院時に冬音にどの服を着せて帰るか。。。(*^_^*)予定日まで後1週間

私も今日からスリング作りを始めようと思う
スリングとは1枚の布から成るハンモック状の子守り帯
片方の肩から斜めがけにして使う抱っこ紐の代わりやおんぶが出来る
色違いの柄で長女・次女共に二枚ずつ、計4つ。。。
出来上がった時またお披露目します(*^_^*)

今日は土日、二日分のブログです
******************************
12月16日(土)
病室に着いた時入り口の扉は開いていたが 
母のベッドだけカーテンが引かれていた
『間に合わなかったか。。。』中の様子を伺うとおむつ替えが終わった様子
カーテンが開けられ介護員Iさんと挨拶を交わす
「頭を一発叩かれて渇をいれられちゃった」と言われた
母さんったら。。。。すみませんと頭を下げた

「YUKIは何処をふらふら歩いているんだ!この薄情者・・・」
落ち着くまでベッドサイドに座って母の機嫌が変わるのを待つ
「こんな思いをさせてお前は平気でいるのか!」
介護員Iさん同様私は胸を叩かれた「家に帰るからな」と母

母さん。。。私は毎日午後のおむつ替えに間に合うようにここに来ているんだよ
それを母さんが午前のおむつ替えを拒否するから
他のおばあちゃんより早く替える時間が来る
不快になる原因を自分から作っているんじゃないか
帰れるものなら帰ってみろ!
はっきり母に聞こえる様『帰れば。。。』と言った

私の言葉でムッとなった母は布団をめくり起き出そうとしたが出来ない
母の足を見ると左足には二枚のレッグウォーマーを履いていた
多分脱げた右足のそれを母が自分で左足に履いたのだろう
その二枚のレッグウォーマーを上げたり下げたり 
また起き上がろうと挑戦するが出来なかった うつむき始める

『手伝おうか?』私だって本気で言ったわけではない
でも初めて母に意地悪な言葉を投げた
「自分でやるからいい」と言いつつ自分が一体何をやりたかったのか覚えていない
その後は無口になってしまった
『靴を履いてお出掛けしよう』 うなずくだけであの威勢は消えた

談話室に向かう時介護員Fさんに会った
『すみませんが洗面器を貸してもらえませんか?』
直ぐに持ってきてくれた
洗面所の適温のお湯を洗面器に注ぎ椅子の上に置いて母の右手を入れた
母はびっくりして手を引っ込めようとした
『右手のマッサージだよ 怖がらないで』無言でうなずいた
母さんは借りてきた猫状態 すっかりおとなしくなってしまった
この状態じゃあリハビリは無理だろう 諦めた

洗面器の水面は指間に付いていた皮膚の垢などが浮いてきた
もう一度新しい湯に替えマッサージを続ける
その内母は自分の左手を洗面器の中に入れ私の手をこすり始めた
『私の手をマッサージしてくれるんだね ありがとう』母は微笑んだ

視線は母に向けていたが左隣のテーブルに居る後藤さんが視界に入る
このおじいちゃんは入所したばかりの頃は決してパジャマを着ようとはしなかった
いつもポロシャツとスラックス姿で
大きなキャリーバッグを引きながら介護員と談話室にやって来ていた

家に帰ると病室を出るらしい その都度介護員はタクシーを呼ぶからとか
息子さんに連絡したから待つよう話しかけていた

後藤さんは日が経つと杖で出歩くようになった もうあの大きなキャリーバッグはない
その内その杖もリハビリ用の四本足付きの杖に変わった
ポロシャツの上にパジャマを着るようになった
その頃からよく転ぶようになって手は青あざだらけ。。そして車椅子使用になった
今はもうパジャマ姿も定着している ポロシャツもズボンも消えた
おじいちゃんの衰えていく過程を見るのは辛いものがあった

母さんも同様だ ここに転院した時はベッドの淵に座っていたが今ではそれも出来なくなった
自分で起き上がる事も出来なくなった 物を握れた右手も萎縮して硬直してしまった
この衰えは出歩きやベッドから転倒などの心配をなくしたけれど喜ばしい事ではない

母のマッサージをしている間にも後藤さんは何度か車椅子から立ち上がろうとしている
車椅子で逆走しようとするのでストッパーをかけたが自分で外してしまう
この行為は再三続く 気になって仕方がない
介護員も看護師もいない 大丈夫だろうか
母の手を洗面器から出してタオルで拭こうと後藤さんに背を向けた途端
後ろでドスンと大きな音がした

車椅子のストッパーを外しておじいちゃんは立とうとしたのだろう
車椅子は後ろへおじいちゃんは前方へ体がずり落ちて尻餅をついた
左腕は車椅子に挟まれて痛がって動けない状態
大声で看護師を呼ぶ 婦長が慌てて飛んできたが男性だから1人では無理
続いて二人の看護師が飛んできて三人で体格のある後藤さんを引き上げた

毎日の仕事で看護師だって介護員だって気のゆるみはある
今回は大事に至らなかったが談話室に置き去りは危険だ 気をつけて欲しい
だが、この事件は母にとって良い衝撃だったかもしれない
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして様子を見ていた
「びっくりした~あんな風にはなりたくないよ」と母
『でしょ。。。後藤さんはリハビリをサボったから 母さんはあんな風になったら困るよね』
「やだ やだ」 『じゃあリハビリだね』
後藤さんには申し訳ないけれどこの事件で今日も母は行く気になった

鉄は熱いうちに打てじゃないけど母さんの気が変わらぬ内に。。。
お茶道具をそのままテーブルに置いてリハビリ室へ向かった

今日も担当は放射線技師Oさん
母の顔を見るなり「その気になってくれましたね」と言った
歩行ポールはOさんが少し支える程度、自力でチョコチョコ歩けるようになった
一回毎の休憩もなくUターンして続けて歩行出来る体力も付いてきた
一旦は衰えた足の力も始めた時よりずっと軽い 目指せ!逆後藤さんバージョン

杖も一ランク昇格して以前おじいちゃんが使っていた杖と同じになった
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この杖を使いこなせるには左手の筋力がもっと必要になるが焦る事はない
ここまで一度も休憩なしで歩ける様になった

リハビリベッドに腰をかけ、座ったままで横移動 これはお尻の筋力を使う
横になって腕で起き上がる運動 これも左手と背筋を使う
更にボールを使って足の運動が始まったがもう帰宅時間だ
Oさんに母を病室に届けてもらうよう頼んで母には買い物に行くからと伝えた
「直ぐ帰っておいでよ」と母 
玄関まで来てお茶道具を談話室に置きっぱなしだった事を思い出してUターン
今日の母さんのリハビリと一緒だわ(*≧m≦*)
階段を一気に駆け上って再び駆け下りた

母の苦手な指リハビリは行なわれたか否かは分からぬまま家路を急いだ

12月17日(日)
午前中 夫がベビーベッドの組み立てを始めた
居間は益々狭くなるけれど翔&迅が冬音に近付けれないようベビーベッドは必需品
準備はほぼ整っている 冬音。。。いつ産まれてもOKだよ(*^_^*)

義父母宅を訪問後 夫の手作りチャーハンを食べて病院へ向かった
今日は午後のおむつ替えに間に合ったので当然母は上機嫌
記録書きを見ると早朝大量の排便があったようだ

母は短時間で処理を済ませないと機嫌が悪くなるだろうから
ベッド上だとどうしても不十分な洗浄になる トイレのお湯で尻を洗い直した
3階に戻り洗面所で母の入れ歯と髪をとかしていると姉が来た
久しぶりに三人が一緒 前回はご機嫌が悪かった母は今日はマズマズ

談話室で今日もお湯マッサージ 本当に少しずつだけれど指は伸び始めている
姉とマッサージを交代 Oさん同様姉も手厳しいので途中で痛がった(* ̄m ̄)

病室のベッドに寝かせて 私は何も言わず部屋から出た
後は姉に任せて夫と次女が待っている我が家へ
今夜は三人で銭湯に出かけた 
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by r-petal | 2006-12-18 09:59 | Comments(0)
十年一日
眠い。。。睡眠不足の原因は夫!
昨日は会社の忘年会 
今日が急遽出勤日になったので一次会で絶対に帰ると言って出掛けたが・・・
結局帰宅は午前様 12:50am近く 夫は壺中の天地に居た様だ

長女の夫、賢くんも会社の忘年会だったので
夕べは私も長女と二人だけのプチ忘年会
私は夫の早期の帰宅を信じて早々に打ち上げしたのに。。。。怒り沸々(笑)

****************************
12月15日(金)
大沢山の洗濯物を干して病院へ向かった
前日父も私の到着時間には来ると言っていたが10分ほど待ったが来なかった

母は穏やかな顔で寝ていた 暫く寝顔を見ていたけれど思い切って声をかけた
『母さん おはよう』 母は薄目を明けてにっこり微笑んだ
「かぁちゃん来てくれたんだ」母はまた自分の母親と思い込んでいた
祖母の事を母はそんな風に呼んでいたのだろうか 
一度でも良いから祖母に会ってみたかった

『布団をめくると寒いよ~~』案の定母は悲鳴をあげた
母は昨日談話室に連れて行ったままの支度で寝ていた 寝苦しくなかったのだろうか

記録書きには今朝の時点までに排便がない 今日で4日目
先週の様な酷い状態だったら困るので
昨日外出届けを出す際に夜の下剤、ラキソ服用を相談してストップしてもらった
期待はしなかったが外出前にトイレに連れて行った 出そうもないがマッサージを続けた
お尻を洗っていると便意を訴えてくれた お陰でK3玉子大の大きさの便が一つ出た
序に排尿もその場で済ませてくれた 粘ってみるもんだ、出だしは良好

病室に戻ると廊下の隅に父が待っていた おむつ替えが始まったので出てきたのだろう
中に入って母の着替えが出来ないので叔母の病室に回るとこちらもおむつ替えの真っ最中
廊下で母と暫く待っていると父がやって来た 「こっちも入れないのか」
父が付いて来たので母の雲行きが怪しくなった
『父さん、後は私一人で出来るから帰って良いよ』
その言葉をすんなり聞き入れ本当に帰って行った 母は父の後ろ姿を見て舌を出した

扉が開いたので部屋に入ると。。。叔母は寝てる
夢心地で替えてもらったんだね 母同様朝は苦手なようだ(* ̄m ̄)
再び母の病室に戻り外出の着替えをしていると介護員Fさん続いてIさん
お洗濯担当のUさんが見送りに来てくれた
看護師から許可書をもらって玄関に向かう、途中母が叔父と叔母の名前を口にした
『会いたい?』と聞くとうなずいた 今日のスケジュール一部変更
先ずは母の弟宅を訪れて次に母の一つ上の姉宅に回ろう!みんな喜ぶよ

案の定どちらの家でも母の突然の訪問を大喜びしてくれた
母さんも優しい顔で応対してくれた 途中経過も良好、きっとこのお天気のせいだ

外の空気を吸ったせいか母もすっかり目が覚めた様で会話も至って普通
無事我が家に到着したのはお昼少し前 急いで下準備したお昼を温めた

今日のメニューは水分不足で便秘気味の母の為にサケと卵とじの雑炊
具沢山の味噌汁にカボチャと大根の煮物・すりおろし林檎を用意したのに。。
「雑炊はいらない」と言い出した
困ったな。。。我が家のご飯は少々固めに炊き上がってるし
改めてサケを焼いて細かく砕いてご飯にまぶしておにぎりにした
母は半分は自分で 後の半分は介助でペロリと食べ終えた

変われば変わる 実家のご飯はいつも柔らか過ぎる位の水分量
父母達は硬いご飯を好まなかった 下手すりゃお粥に近い時もあった
そう言えば母さんは先週の少々固めの五平餅も喜んで食べてたっけ
院内の母のご飯は他の年寄りと違い毎回握り飯になっている 
思い出せばそれもちょっと硬めだ、でなければ形にならない
そっか 母は十年一日じゃないけれど4ヶ月の間にすっかり硬さに慣れてしまったんだ
母のメニューから雑炊は撤去ね (*≧m≦*)

最初に長女の結婚式のビデオを見せた 続いて次女の結婚式のビデオ
今日はリハビリが受けられないのでその間私は母の右手をマッサージしていた 
時々痛みを訴えるがやめて欲しいとは言わなかった
この右手のリハビリに関しては未だに暗中模索
夫はこの期に及んでこれ以上苦痛を味あわせない方が良いという
でも悪化するのを見過ごしには出来ない 母が倒れた時の繰り返しはしたくない

12月6日撮影 この状態から指を伸ばす事は出来なかった
右手は手首から腫れた状態で動かすと痛みを訴える
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家でも1時間以上 院内の談話室でも帰る間際まで30分以上マーサージを続けた結果
今日リハビリを受けなくても人差し指と薬指そして小指の固さが多少緩んだ
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思った いきなりリハビリを受けるから苦痛が伴うんじゃないかな?
少しでもマッサージをしてOさんのリハビリを受けたら少しは苦痛が減るんじゃないかなって
早速明日から実行してみよう! 但し母がその気になったらだが。。。
拒否したら私のマッサージで補えば良い 
今の段階では悪化を遅らせる事位に気楽に構えよう

話は前後するけれど母の帰宅は予定時間を1時間オーバーしてしまった
これもお天気のせいだ(*≧m≦*)急いで帰るには明るい
帰り支度を始めた頃長女がやって来て見送りをしてくれた
母は我が家から仁愛に戻る事を拒む事はなかった

夜 長女が帰った後、パソコン内の画像整理をした
リハビリ中の母の画像が目に留まる
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今現在リハビリで苦しんでいる指の交差が自然に出来ている
撮影は9月4日 入所して6日目
この画像をプリントアウトして母に見せようと思った
私が手術で入院する数日前に夫が撮影してくれた両乳房と同じ様に
母の励みになってくれるのを信じて 
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by r-petal | 2006-12-16 12:17 | Comments(2)
リハビリの痛み
天気予報によれば日中は北海道から九州にかけて晴れ間が広がるらしい
ここ長野県南部は曇りのち晴れ、気温も5度高めとある
洗濯日和だ 母の洗濯物に新生児用の肌着もしっかり乾くだろう

三日前、実家に立ち寄った折り 
昔娘達が使っていた肌着やぺビー用品を物色をしてきた
綺麗に洗濯をして保存したつもりでも何枚かは色あせたり汚れが浮き出ていたり
その中から使えそうな品々を持ち帰った

長女や次女が身に着けたぺビー服を孫が袖を通す。。。描いていた事がもう直ぐ実現化する
そして今日は二回目の母の日
前回同様10時のおむつ替え前に母を迎えに行き
3時のおむつ替えを済ませて送り届ける予定
今日は【洗濯と母の日】日和であって欲しい
************************************
12月14日(木)
次女の夫、渓くんの夜勤は今日で終わり明日は休みになる
私が夫の実家に出掛けると同時に娘も一旦住宅へ帰って行った
明日は渓くんと二人で過してまた土曜日から我が家へ里帰り予定
4日毎に次女夫妻のスケジュールが変わるからややこしい(* ̄m ̄)

食堂のドアを開けると義父はゴザを床に敷き松飾り作りをしていた
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「YUKI家のはもう出来上がっているよ」と義母
何時の頃からか我が家の正月用の松飾りは義父が毎年作ってくれる様になった
そのお返しに私が義父宅の年賀状印刷を受けることになって数年経つ
『私も年賀状印刷済んで持ってきたから確認してね』

我が家の松飾りが出来上がっているという事は今作っているのは娘達用か?
「孫達のミニ松飾りも直出来上がるからね」義母は嬉しそうに言う
やっぱりそうか。。。私は手作り松飾りなんて最高だと思うが孫の意見は違う
「そんなの飾る所がないから要らない」祖父母の心孫知らずだ
今年も二人には強制的に持っていかせねば!

娘達が義父母にする態度を見ていると孫は所詮孫だ 
やっぱり孫を可愛がるより犬だな。。と思う反面、
父母達に対する娘達の接し方を見ると孫も捨てたものではないとも思う 
この違いは何時の頃から生じたのだろうか 双方孫は目の中に入れても。。。扱いだったのに
私ももうじき同じ立場になる。。。複雑な思いだ

所変わって母の病院 2:30pm
今月上旬の記録書きシート。。。母は新記録を作った
【拒否】だらけの記録書き おむつや食事以外に遂には血圧・体温も拒否が付いていた
この状態が続いたら母はどんな扱いを受けるものやら。。。

1階トイレに連れて行く為エレベーターに乗ると「閉めないで下さい」とお声がかかった
見ると例の療法士。。。今日は彼の担当日か、舌打ちした
母の反応を見るとすっかりリハビリ拒否は忘れているようだ 序に療法士の顔も(* ̄m ̄)
「リハビリですか?」と聞かれて
『トイレ後機嫌が良ければ寄りますのでお願いします』と一応。。。

シートはずっしり重く予備のフラットシート2枚にも漏れていた
朝の5時から一度も替えていないから当然だ 『この拒否ばばあ』と嫌味を一言

トイレ内では協力的にしてくれたので多分リハビリも大丈夫だろう
問題は誰が担当するかだけど。。。助手のH君は今日も居なかった
例の療法士は他の患者のマッサージをしていた 後は。。。昨日の放射線技師Oさん
『リハビリお願いします』と彼に頼んだ

昨日と同様にポールを使った歩行を今日は途中で休む事なく2セット 母にとったら結構大変
車椅子に座った時は暑いと言い出したのでベストを脱がした
「どうだ?」と聞く母に『昨日よりずっと足が軽やかだよ 休憩なしで体力も付いてきてるよ』
励ましは母の意欲に変わる 母さんは絶対に素敵だよ!歩けるよ!「そうか?」そうそう!

続いて昨日の杖使用の歩行 
Oさんに言わせると麻痺の右足がもっとスムーズに出ると満点らしい
おし!目指せまず右足一歩!!!

母の歩く前方に常に私が立つようにしている 母さんは私を目指して歩いてくる
歩行中は下を向いちゃうけど数歩歩いて立ち止まりため息をついて私の顔を見る
「うん」とうなずいてまた歩き始める この繰り返しで昨日より3倍近くの距離を歩いた

母同様私も満足感に浸った
Oさんはマッサージベッドに母を座らせて足の状態を確認
「手に比べて足の方は麻痺が軽いですね」母は歩く事は頑張ってた その結果だろう
一方右手の方は諦めが早かった ペンを持たなくなって5年以上になる 

昨日も少しやったけど両手を組むリハビリを今日は本格的に行なった
麻痺した右手の指と指の間に左手の指を入れて行く 自然と麻痺側の指が開かれる
これが結構痛みを伴うらしくて母は昨日直ぐギブアップした

今日はOさんも簡単には諦めず痛がっても「まだまだ」と続ける
「痛い 痛い」最初は少し微笑みもあり耐えられる痛さが指が深く入る分声も痛みも増してくる
「やめて」「痛い 勘弁してください」と大声になる 辛い 母の背中を撫ぜる
「YUKI~~~助けて!!」私も限界になる 『Oさんもう。。。』と私からも哀願する

姉さん。。。私はどうすれば良いんだろう?
小児科治療の場合 医師によっては母親は部屋から出される
治療中子供が泣けば母親の気持ちが先に駄目になるからだ
痛がっても泣いても半ば無理やり治療は成されて結果完治に繋がる
でも母さんの場合はどうだろう? 痛みだけ記憶に残って歩行拒否になってしまったら。。。

手を外された時には母はもうケロリとしていた
3階の談話室で母の手を触った時はリハビリ前より確かに指は伸びるし
指の間も洗浄し易かった 結果は確かに良いのは分かる
今後どうすれば良いか答えが出ぬまま一時外出許可願いを記入して病院を出た

いずれにしても母さんより私の意志が強くなければ手のリハビリは続かないな、そう思った
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by r-petal | 2006-12-15 08:33 | Comments(6)