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自問自答
2002年、私は四国に一人旅をした事がある
高速バスに乗り名古屋から新幹線に乗り換え
広島駅迄迎えに来てくれたHさんと海を渡り愛媛県に向かった
私を旅に駆り立てたものは勿論Hさんに会いたいという思いと
術後1年を無事迎えた記念の旅だった 快く行かせてくれた夫のお陰だ

2泊3日の旅の宿は彼女の家だった
暖かく私を迎えてくれた彼女のご主人、そして次男さんに長女さん
その後彼女とは広島で再会し 
昨年は長野の旅途中、ご主人と二人で我が家に立ち寄ってくれた
そんな友夫妻から毎年恒例のみかんの贈り物が昨夜届いた
彼女からその甘い~気持ちが届く度 4年前のあの愛媛の旅を思い出す
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そして思う…私たちは出会うべきして出会った友なんだと

*************************
11月28日(火)
迅の様子が前日の夜中からおかしかった
深夜突然起き出してトイレに連れて行ってくれとせがむ
眠い目をこすって1階に下りた かなり長い間庭に居た
ヤレヤレ これで朝まで寝られる。。と思ったら再びトイレコール
時計を見た 3:00am これ以上起されると夫が眠れない
毛布を持って再び1階へ 懐中電灯を持って迅の様子を伺うと便をしている
ティッシュでお尻を拭いてみると水様便が付いた 消化不良か?

便は粘液状で食べた物は大体消化された状態にはなっていた
辺りが明るくなっても何度かトイレに行くので
迅だけ朝食は野菜スープを少量与えただけ 様子見にした

日が昇ってから庭に出て便確認 粘液状の便が散乱していた
大きな塊は翔のものだろう こちらも柔らかな状態だが迅ほど酷くない

思い当たる原因はドッグフード
我が家には市販の固形ドッグフードは非常用の少量しか置いていない
毎日の食事は私の手作り アレルギーを持つ翔の体質改善がきっかけで移行した
主食は肉や魚であったり雑炊であったりその日の食材の残りで変わる
味付けは一切なし 塩分はわかめか昆布の少量の粉だけ
必須の野菜は一旦茹でフードプロセッサーで全てペースト状にしている
茹で汁も雑炊を作る際大事なスープになる
結構手間ひまかかるけれど大事な家族 手作り食は今年で二年目になった

夫と出掛けた一泊旅行の間 翔&迅の食事の世話は長女が担当
娘に手作り食を作って。。。とはさすがに頼めないので
ドッグフードを用意しようと思ったが
非常用のドッグフードが終わっていたのに気が付いたのが出掛ける前日
夕方慌てて買いに行ったが運悪く売り切れ 
不安だったが初メーカーで翔のアレルギー源の牛肉使用のない物を選んだ
ドッグフードの利点は適量を容器に入れるだけの手軽さ 
つい最近の慌しさもあって二日間続けて使用してしまった
結果 消化機能が弱い迅がやられた

スープを飲んだ迅 物足りなそうだったが直ぐにまたトイレに飛んで行く
こりゃダメだな。。。長女にメールを入れた
『母さん、今日のプールは行けそうもないよ 二人で行っておいで』
ここ1ヶ月温水プールエクササイズは娘達だけで続けられていた
今日は久しぶりだったので楽しみにしていたけれど
火の気のない部屋にすきっ腹の迅を置いていくのは気がかりだ 諦めた

10:00am 我が家に集合した娘達
「母さんが行かないのならやめようか~~」と言い出した(* ̄m ̄)
暫くお茶を飲んで二人で検討した結果、近場の温泉に出かけて行った

お昼、水分補給の為 少量の野菜スープを与えた
落ち着いたのかトイレには飛んで行かなかった 良かった(*^_^*)
そろそろ娘達も帰る頃だろう 安心して病院に向かった

今日の母はすこぶるご機嫌が良かった 
すれ違う介護員や看護師にやたら挨拶を交わす
「ご苦労様~~お世話になってます」丁寧に頭まで下げていた
こんな母なら私が毎日通わなくても良いんだけどねぇ。。。
もう一点。。。相変らずオムツ拒否が日に二度ほどある
これもなくなれば私も楽なんだけどねぇ~~~ 聞いてる?母さん

最近、夫と母の事を話す機会がある
「YUKI いつまで病院通いを続けるんだ?」夫は反対して言うのではない
私の体の事や娘達の出産の事を心配しての発言
次女の出産予定日も一ヶ月を切った 何時産まれてもおかしくない

もう少し もう少しで今日まで来たけれど
正直私だってどうすべきか毎回自問するが答えに迷う
母の態度も一向に変わる様子もない
心を鬼にして訪問回数を減らそうかとも思いつつ
「寂しかったんだよ」と抱きつく母を抱きしめ返す度哀れに思う
やっぱりもう少しだな。。。そう自答する
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by r-petal | 2006-11-29 17:52
自費出版本の事
病院到着時間は2:50pmだった いつもより少々遅かったが
3時からのオムツ替えに十分間に合ったと思った
所が「今日は遅かったね 間に合わなかったよ」と母が言った

つじつまが合わない会話はいつもの事だから気にも留めず記録書きを見た
【 WC/ H・K2 】と書かれていた 母の話は合っていた
『母さん トイレでおしっことウンチしたんだ』嬉しくて大声を上げた
丁度その時二人の介護員が病室に来てオムツ替えを始めた
途端に落ち着かない母に変わる
『母さんはもうトイレで済ませたから大丈夫よ』と耳打ちした

母をトイレに連れて行ってくれたのは介護員Iさんだと確信した
この3ヶ月間で介護員の様子も分かり始めている
頑固な母をトイレに誘ってくれる人はIさん以外いないはず
お礼が言いたかったので何度か姿を探したけれど結局会うことはなかった
交代時間で帰ってしまったのだろうか…明日伝えよう
             *****
車椅子で散歩に出かけて病室にお茶道具を取りに寄った時だった
廊下から「エレベータを開けて下さい!!」と緊迫した大声が響き渡った

声は叔母の居るD棟からだ
さっき会ったばかりでそんなはずはないと思いつつもつい廊下へ飛び出した

広い廊下を1人の看護師が点滴を持ち
もう1人の看護師が必死にストレッチャーを押してこちらに迫って来た
エレベータ近くに居た介護員が扉を開けたままの状態で待機していた

私の目の前を通り過ぎる時ベッド上の患者の顔を確かめた
運ばれて来たお年寄りは肩が露出した男性だった 
やっぱり叔母じゃなかった ホッとした

エレベータの行き先は二階 医療病棟だった
時間にして数分もないこの出来事は私の心を沈ませた

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11月28日(火)
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ネットに日記を綴り始めたのが2001年闘病記が始まりだった
2005年6月 エキサイトのブログに移行したけれど
カレンダーの日付とブログの日にちが合うのは滅多になかった
夜はパソコンを使わない為、今日の事をその日にアップ出来ないのが私のブログ
久しぶりに内容と日付が一致した
昨日の院内の様子を冒頭でざっと綴り、例の本の話をしようと思う

自費出版した本が届いたのは22日 もう一週間が経とうとしてる
届いた日は丁度ピアノコンサートに出かける所だったので
改めてじっくり手に取ったのは翌日23日早朝だった

印刷・製本は欧文印刷株式会社となっているが実際はエキサイトから
MyBooks.jpのPDF(印刷データー)を製作して本に仕上げた
http://mybooks.jp/
サイズは文庫サイズ(A6) 標準サイズ(B6) 大活字本サイズ(B5)の三種
縦書き・横書きの選択可能
書体も明朝/ゴシック/教科書/丸ゴシックから選べる

気になる印刷代だけどモノクロかカラー版かで値段は違う
また注文する冊数でも一冊の値段が違ってくる
勿論印刷ページ数でも値段が違う

私の場合、ページ数が157ページ モノクロ標準サイズ 冊数はたった2冊
料金:4,089円 (印刷料金:3,514円、送料:575円)だった
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PDF製作途中で苦労した点はページ内の文字数を読みやすい様に揃える事
本文を読みやすいように私は文を途中で改行したが
標準サイズだと1行を28文字以下にしないと途中で変に改行されてしまう
その為文章を少し変えなければならなかった
また画像と文章が一緒になった場合画像のサイズが大きいと
画像だけが次のページに移ってしまう 改めてリサイズも必要だった
その為、PDF製作中は何度でもやり直し可能で
料金もかからないのがありがたかった

もう一点 気になるのがインデックス
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出来れば本の最初に載せて欲しい所だが実際は本の終わりになる
将来的に考えて表紙の種類増加や
文字のサイズ変更可能などイースト社にも課題はあるだろう 
続本も検討中の私には大いに期待したい所だ

総合して個人の楽しみで製本するのなら十分満足出来る物と思う
夫がこの本のタイトルを見た時「Vol.1」って事は2もあるって事か?」と聞いた
勿論そのつもり(*^_^*)

初本は母がアルツハイマー症と診断された2004年1月8日からの診察で始まり
2006年7月29日次女の結婚式、あの最高の笑顔の母画像で終わっている
母が在宅生活を送っていた後半時期の2年と半年 
そして私たち、母娘が一番身近に過した大事な記録書だ
いつかは我が娘達も目を通す時があるだろう
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Vol.2は 三度目の入院から転院で始まる予定
唯、第二段はこのブログに殆どアップ済みの文面になるので
本当に私だけの記録書になるだろう

何人かの友達から問い合わせがあったので簡単に紹介しました
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by r-petal | 2006-11-28 08:14
一足早い忘年会
『ここもダメか~~ 別を当たろう』
3軒目のホテル空白状況も満室のマークが付いている
前日にホテル予約なんて無理があった 加えて25日は土曜日 
急なキャンセルでもなければ空室があるわけないよな。。。

福井県に翔&迅を連れて
車中一泊旅行に出掛ける予定を立てたのが一ヶ月前
所が父の入院でボツになった

無理をすれば退院が予定より早かったので可能ではあったが
ちょっと遠出の旅行に体力的自信がなくなってしまった
一旦は取りやめにした忘年会旅行。。
この機を逃したら来月から娘達の出産もあるし…
と、近場を探し始めたのが先週の木曜日
どこも満室で再び諦め始めた

金曜日の朝 夫から電話が来た
「空室ホテル発見 ネットで調べてみてくれ」
早速ホテルのHPを見ると確かに土曜日空室ありとなっている

食事はバイキングか。。。
ん?和・洋・中・エスニックと世界の料理50種!?
季節のメニューで蟹やマツタケ料理も食べ放題!?!
大理石風呂 ハーブジャグジーに洞窟風呂?!?面白そう(* ̄m ̄)

夫は調べてみてくれとは言ったけれど予約しろとは言わなかった
が。。。独断でネットから予約しちゃいました (*≧m≦*)

と言う事で毎年恒例、暮れの夫と二人きりのお泊り忘年会
今回はちょっと早目に行って参りました
場所は長野県茅野市白樺湖畔 池の平ホテル
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11月25日(土)
早朝、翔&迅を連れて夫の実家を訪れた
義父に頼まれていた自動車税免除の件、
金曜日に合同庁舎・税務課に出向いて問い合わせた結果報告をした

色々な税金免除がある事を今回義父の依頼で初めて知った
障害のある人と生計を共にしている家族が車の運転をする場合
一定の条件を満たすと自動車税と自動車取得税の減免が活用出来る

義母は身体者障害手帳を持っている 
対象障害は肢体不自由 下肢、上肢共に4級 
また介護認定は要支援2、こちらは福祉課の扱いになるので対象外

木曜日に義母に会いに行った折
義父から今年改正になった使用要件に
義母が当てはまるか調べて欲しいと頼まれた
勿論義父は送られた書類には目を通している が。。。内容が理解出来ない

私も読んだが障害者手帳の事は殆ど知識がない
税務所員から正しい情報が得られる良い機会だと思い快く承諾して確かめて来た
結果は残念ながら下肢は3級以上の障害者 
上肢は2級以上でなければ要件外だった
ただ義母本人が車の運転が出来るのなら下肢は6級から対象になっていた

「だめだったか」義父母はガッカリした
変な話だがこれで減税対象外になったわけではない
将来、義母がもっと重い障害になった場合即適応になるわけで…ありえる話だ
母の介護認定変更同様 複雑な思いだった

一旦我が家に戻り翔&迅の留守番準備
それぞれのハウスを柵で囲って荷物を車に積んだ
午後には長女が来て、夜には賢くんも会社から来てくれた
翔&迅 今夜は長女夫妻と一緒 お陰で私たちも安心して出掛けられた

1時間と夫と決め 私は母の病院で降ろしてもらった
夫はホームセンターの買い物に向かった

1階の外来受付表を見たが父の名前はなかった
父が退院して今日が初の診察日 9:30外来で待ち合わせしたが姿はなかった
時間を無駄にしたくなかった 父に頼まれた書類を受付に預け3階へ向かった

母は寝ていた 『母さん』小声で呼ぶと薄目を明けてまた寝てしまった
暫く寝顔を見ていたけれど起きそうもない
再び『母さん』と呼びかけると今度は目を開いてにっこり微笑んだ
「YUKI」穏やかに名を呼び 私の髪を撫ぜてくれた 

父が病室に入ってきた 顔色も良さそうだ
1階外来待合室に移動して父と母、3人でお茶を飲んだ
再び病室に戻り母のオムツを替えて駐車場へ 夫は既に着いていた
時計を見ながら分刻みで母の世話。。。ちょっと味気ないが時には仕方ない

高速道路で一路 目的地のホテルへ
紅葉も過ぎ 外のアミューズメント施設も11月上旬で閉鎖し
白樺湖湖畔は閑散としていた ここに来るのも1年ぶり 変わってないや

ホテルチェックインは2:30pm
まだ1時間半前だ 一旦仮チェックインを済ませ、ロッカーに荷物を預けた
水着だけ持って長い通路を経て室内アミューズメント施設へ向かった

チェックインまでここで過した
先ず洞窟風呂 水着着用の男女混浴エリアだった
洞窟の湯 滝壺の湯 マグマの湯 ジェットの湯 ドームの湯と5種類
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水路を歩いていくと大露天風呂に繋がっていた
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露天風呂 泡風呂 ひのき風呂 サンタンルーム セラミックサウナ 同じく5種
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入浴客は私たちを含めて3家族だけ 殆ど貸しきりだった

所がチェックインの時間になるとホテル内は次々に大型バスや宿泊客がやってきて
フロントデスク前は長蛇の列。。。本館・東館、私たちが泊まったアネックス館
客室は267室と言うから満室ではないにしても相当の宿泊人数になったろう

部屋に荷物を置いてちょっと一休みした後
今度は大理石風呂を楽しんだ
大理石風呂内には ハーブジャグジー うたせ湯 サウナ 水風呂
そして女性湯だけ専用露天風呂があった
洞窟風呂の時と違って結構賑わっておりました(* ̄m ̄)

食事はバイキング 
シェフが目の前で調理し 器に盛り付けていた
日本食はてんぷら類や寿司類 洋食はステーキにナン
実演シェフを見るのも結構楽しいが夫が待ちくたびれる(*≧m≦*)

人気メニューは蟹の足 
殆どの客が皿に大盛りに持っていくので直ぐになくなってしまう
私は遠慮がちに3本持ってテーブルについた
先ずは辛口ビール・ビスケナーをグラスでオーダー
追加の料理を持ってきて今度は黒ビールのドンケルをピッチャーで頼んだ(* ̄m ̄)

夫は隣の家族が気になる様子で盛んに目を運ぶ
釣られて私もお隣の家族に目が行く
夫婦・二人の娘 共に我が家より年配かな?
長女らしき娘の皿は蟹だけ 追加の時も蟹だけ 三度目も蟹だけだった
夫が驚くのもうなずける 色んな人がいるもんだ 爆))))))

バイキング会場を出てカジノコーナーへ立ち寄った
実は私はこの手の遊びは好きではない 賭け事が嫌いなのだ
夫が楽しむスロットマシンを横で眺めていた 当然退屈する
察した夫が「卓球をやるか」と言い出した

卓球なんて何十年ぶりだろう。。。出来るかな(* ̄m ̄)
二人とも酔っているせいもある 勿論主因はへただけど
下手は下手なりに楽しめるものだ
何度か私のごまかしもあったけれど一セットの結果は
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私の勝ち (*≧m≦*)
二セット目はノーカウント(点数をめくるのが面倒になった)
暑くて途中半纏を脱いでの熱戦 浴衣の裾は乱れるし~~
30分間多いに笑った
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次はゲームコーナーへ 夫はこう言う事が好きな人
じゃあ私も付き合ってあげなきゃ。。。
パチンコ類は好きではないので他にないかな…

何と言うゲーム機か知らないけれどコインを投入口から入れて
元々散りばめられたり重なっているコインを落とす。。に初挑戦した
結構はまった 
コツなんて知らないから一つ一つコインを入れるその様をみて夫が笑う
今年はYUKI家にとって4つの葬儀
次女の結婚を含め同じく4つの挙式に娘達の妊娠 そして父母の入院
おめでたい事あり悲しい事ありで激動の1年間だったけれど
今夜夫と大いに笑って良い〆が出来そうだ 大成功の忘年会だった

11月26日(日)
朝食を済ませ直ぐチェックアウトした 一路自宅へ
10:00am には到着出来た

簡単に荷物を片付け母の病院へ向かった
昼前のおしぼり仕事は君子おばあちゃんを筆頭に
ひろこさん、倉田さん、園子さんに梅子さん計6人 
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母も4回目の参加で大部手際良くなって来た
今日は12枚 新記録のおしぼりの数を巻き終えた
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by r-petal | 2006-11-27 09:31
父の退院とピアノの音色
人の安らぎって何だろう? 勿論人によって違う
8月下旬、母が三度目の入院生活になってから
そんな時があったかな?
 
夫と旅行に出掛けても気になるのは院内の母の様子だった
じゃあ 母が入所する前の私の安らぎの時は?
そう聞かれると答えに詰まる 
安らぎって必死に何かに立ち向かっている時ふと気付くのかもしれない

**********************************
11月22日(水)
今日は過密スケジュールで一日をこなした

夫を見送ってから座敷の掃除&父の寝床準備を済ませた
慌しく自分の身支度をして病院に着いたのは9:00am少し前だった
助手席にはピースが居た

父はもう帰り支度を済ませベッドに寝ていた
『父さん、幸と夕べ相談して今夜は私の家に泊まる事にしたよ』
「そうか」
さほど驚いた様子もない 寧ろ嬉しそうだった
『その代わり、私は夜居ないから幸と二人だけの夕飯だよ』

昨日の時点では父を迎えに行ってそのまま自宅に置いて来るつもりだった
所が夫がそれでは可哀相だし心配だと言う 
勿論私も不安だったけれど夕方から外出予定になっている
やはり自分からは言えない遠慮があった

今夜、姉と娘達の4人でコンサートに出掛ける予定になっていた
従姉の会社が主催する【心のコンサート】と称したピアノコンサート
孫達の胎教にも良いし 妊婦も癒されるし 姉も私も癒されるし
早速前売り券をゲットして1ヶ月前からスケジュールに入っていたが
父の急な退院で私だけキャンセルしようと迷ったが結局行く事に決めた

『退院手続きを済ませてくるから車で待っていてくれる?
ピースが待ってるよ』

ナースセンターに挨拶かたがたうがい薬の追加を頼んだ
母はこの時間何をしているか気にはなったが先ずは父の事が先決

一旦父を実家に送り届けた ピースと夕方までここで雑用を済ませ
夕方改めて我が家に来る事にした

10:00am 開店を待って美容院へ
行きつけの美容院では急な予約は無理だろうと母の病院の近くの美容室へ
白髪が結構目立つ 延ばし延ばしにしていたけれど今夜は外出もある
こんな機会じゃないと中々行く気にもならなかった
1時間半ほどで終わり買い物を済ませその足で母の病室へ向かった

介護員Iさんから午前中、無事入浴も済ませたと報告あった
記録書きを見ると昨日から便続き 便秘後のこの状態は繰り返しになった
ベッド上の掃除を済ませてトイレに連れて行った
臭いがある また出ているのだろう

最悪。。。パット上の多量の軟便は私の不注意で
着替えたばかりの母のパジャマの裾に付いてしまった
更にお湯で母のお尻を洗っている時に付いたのか
たくし上げた私のTシャツの袖も汚れてしまった あちゃ~~

トイレ内の洗面所の石鹸で洗ったけれどびしょぬれ
『ごめんね 母さん』 下半身をタオルで隠して病室へ
新しいパジャマに着替えさせてもう一度洗面所でパジャマを洗った
さて。。。如何したものか
このまま洗濯に持って行っても直ぐには乾かないし
持ち帰ったら代えのパジャマが無くなってしまう
さっき着替えたばかりだから改めて洗濯する必要もないし。。。
そうだ!洗濯担当のUさんに頼んで夕方になったら届けてもらおう

洗濯干し場は院内所々にあるけれどUさん担当の干し場は談話室の隣
干し場に出るのに3階病棟はドアがない 事故防止の為窓から出入りする
足元には踏み台が置いてあってそこに乗り窓をまたいで干し場へ出る
毛布などの重い洗濯物の出し入れはかなり大変なのだ

パジャマをハンガーに掛けて干しているとUさんがやって来た
事情を話すと「こんな天気じゃ乾かないよ
看護師に内緒で乾燥機にかけてあげるから」と言ってくれた
今日の洗濯はほぼ終わっているはずなのに ありがたいな 感謝だ
30分後にホカホカになったパジャマが届いた

2:30pmまで母と談話室で過して自宅に戻った
夕食準備に取り掛かっていると姉。。続いて父がやって来た
夫も定時より早目に会社を出て帰宅してくれた
ちょっとの間だったけれど翔&迅はピースの再会に大賑わいだった

5:30pm グットタイミングで私の自費出版した本が届いた
ゆっくり見る間もなく姉に早速その一冊を渡して
私たちはピアノコンサートの会場へ向かった 
(自費出版本の事は後日ブログで詳しく記載予定)

会場は美術館に隣接された別館で
ステージ以外の壁には種々絵画が展示されている
私たちは一番前の中央席を陣取った どうせならしっかり見える位置よね
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開演6:30pm
主催者の従姉の挨拶そして小沢さちさんのピアノコンサートが始まった
鍵盤に指が置かれ最初の曲はお馴染みのベートーヴェン エリーゼのために

目を閉じた 曲が流れ始めて直ぐ私は目頭が熱くなった 何故?
メロディーは聴きなれていて決してあの音とは違うはずなのに。。。
ピアノ音が院内でひっきりなしに鳴り続けるナースコールの音と重なった
曲が進むにつれ次々に浮かぶ母の顔 
激しく鍵盤が打たれると怒りの母の顔が出てくる
シューマンのトロイメライが流れると笑い顔の母の顔が出て来た
母さんは私の心の中にも居るんだ そう思った

休憩後、第二部はショパンの曲 子犬のワルツから始まった
今度は小沢さんの鍵盤を奏でる指を見ながら聴いた
勿論指先までは見えないが鍵盤を走らせる指は見事に踊っている様だ
コンサートはバラード第三番で終わった 
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今度は母の姿は出て来なかったが最後に珍客が現れた
アンコール曲の後半 ステージ大窓の外に白猫が一匹優雅に歩いて来た
丁度ピアノの足で姿はよく見えないが白猫は暫く座っていた
そしてゆっくり去って行った
まるでピアノ音につられて来たかの様 愛らしかった
観客には白猫だろうが私は母だと思った

今夜私は初めて生のピアノコンサートを間近で見ることが出来た
一時だったけれどこれが安らぎなんだと思った
心の母も私同様安らいだと信じたい キャンセルしなくて良かった
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by r-petal | 2006-11-24 11:08
いつの日か。。。喜ばしい編
昨日に引き続きまたタイトルが同じになった(* ̄m ̄)
手抜きをしているわけじゃなくて今度はこんな日が来たら良いな
そんな思いを綴りたかった

母の入所生活は長い。。。こんな日もあるさ 
昨日のブログの結び通り、余り深刻に考えるのはやめよう
母の様子は日々変わる 悪い日の翌日は良い日になるんだ
それが今日だった
*******************
11月21日(火)
外来を通過する時、長いすに座っている叔父の姿発見
近寄ったが私の顔が直ぐ分からなかった様子 ビックリしてた
『診察?』 「検査結果待ちだ 母さんの様子はどうだ?」
『相変らずよ 良い時あり悪い時あり+時々問題行動あり』

母の事をいつも気にかけてくれる叔父
でも会いに行って母の変化を見るのが辛いのだと思う
「自信がないからYUKIが病室に居る時に会いに行くよ」尤もだ
父の入院は内緒にしてあったのでその場で別れた

2階 父の病室を訪れるといつも通り手ぬぐいを被って寝ていた
『父さん』と声をかけると寝ていたのか飛び起きた

「いつでも病院を出て良いぞって言われた」え?随分いきなりじゃない
正直余りにも突然だったので拍子抜けした感じ

午前中に行なわれた血液検査でCRPも白血球も平常数値に下がった
少々残咳はあるけれど日常生活に戻って支障なしと許可が出たらしい
早速退院準備を明日の早朝から始める事にした 忙しくなるぞ

父さんの退院は明日か~~ 喜ばしい事だ
ピースが我が家から居なくなる事 寂しいな
でも5年前の別れとは違いピースは一番の住処に戻れる
そして大事な飼い主と再び暮らす事になる
寂しいがやっぱり喜ばしい事なんだ

3階 母の病室を訪れる ちょっと不安はあったがスマイルスマイル
「あれ?!」と驚いた顔をして今度は微笑んだ「YUKI~~」
良かった 昨日とは別人の母さんだ 機嫌も良いし 二人で抱擁

『父さんが明日退院するんだって』
「へぇ~~どれ位入院してたんだ?」 今日で5日目だから6日間だね
「そんなのは入院の内に入らん」だね。。でも本人は結構堪えてたよ
母の言葉は相変らず厳しい 結局父を労わる事無く退院になりそうだ

今日は機嫌も良いし。。。母を叔父に会わせようと外来へ 
まだあの長いすで順番を待っていた 結果、母を連れて行ったのは失敗 
検査結果待ちで不安だったろうに返って叔父を辛くしてしまった
母は叔父に対して無反応で語りかける事はなかった 
ごめんねおじさん
父の退院が決まったし、入院を隠している事もないと思った
『実はね…』と父の報告をしてその場を去った

2階の父の病室に行っても母は昨日の様な和やか雰囲気ではなかった
結局ダメか 廊下を歩いていると再び叔父に会った 
私の話で父に会いに来てくれた 家族以外で初めての見舞い客だった

母は先ほどと打って変わって微笑を浮かべた 本当に時間により変わる
父の事を告げて良かった 
母の笑みも見たし検査結果も異常なかったし叔父も安心して帰れるだろう

1階トイレ。。。昨日の母の態度を思い出し正直不安だったが
その心配も昨日とは打って変わり母は終始協力的だった

3階 談話室 珍しく君子おばあちゃんの姿がない
洗濯担当のUさんがおしぼりをカゴに入れてやって来た
『君子おばあちゃん 今日は具合でも悪いの?』つい聞いてしまう

「それがね。。。。」で始まった院内裏話(* ̄m ̄)
このおしぼり作業は本来なら介護病棟のリハビリ目的
数多くのお年寄りがやってこそ、その目的達成になるのだけれど
午前中はともかく 午後は殆ど君子さんが一人で巻いてしまうので
介護員の中ではちょっと問題になっていたみたい
「独り占めだと本来のリハビリになっていない」みたいに…

その事を君子おばあちゃんに注意したら泣いてしまったようだ
で。。。。ストライキ
誰が言ったかは不明だけど。。。介護病棟でも色々あるのね

君子おばあちゃんの代わりに園子おばあちゃんがやって来た
家族の要望で1日一定量のかりんとうをあげる様依頼があるらしい
実は園子おばあちゃんは大のかりんとう好き ここでは有名(* ̄m ̄)
これもまた問題の種になって 
「園子さんだけ食べて不公平だ」と君子おばあちゃんからクレーム
私物と公共の区別が付かない。。。
君子おばあちゃんの意外な面を見た思いだった
と同時に介護員もこの喧嘩の種を減らす配慮が必要だと思う
かりんとうは談話室でなくても食べられる 
訪れる家族が少ない年寄りの前では避けるべきだ。。と思う

園子おばちゃん一人ではおしぼり仕事は無理 
尤ももう少し経てば次々に元気なおばあちゃんは集まってくるが
それはもっと後の夕食間近にならないとやって来ない
隣の母に「割り当てだからやってごらん」と数枚渡してくれた

母は「結構です」と言った 母さんなら絶対断ると思ってた
それでも園子さんは更に数枚、母の前におしぼりを置いた
会話は同じ「やってごらん」

暫くは見向きもしなかったおしぼりの一枚を母は手に取った
嘘。。。。どうするんだろう

一枚のおしぼりを膝の上に乗せて
左手だけで何とか二つ折りにしようとしている
母さん!思いはあるけれどきっと途中で投げ出す、そう思っていた

私の予想に反して母は懸命におしぼりと格闘している
時間をかけ おしぼりの端と端を合わせて、ため息を付いた

『母さん 凄い! 綺麗に合わさっているよ!』
その言葉が母を奮い立たせたのだろう 嬉しそうな顔になった
勿論完璧ではない 
たった一面だけれど母は初めて自分からここまでやれた

最初から二つ折りは無理だろう、でも巻くのなら片手でも出来るはず
『母さん 二人で協力してやろう、私が折る係り 母さんは巻く係り』
「出来るかな?」 出来る 出来る 母さんなら絶対に出来る!
私も夢中になっていた

おしぼりを二つ折りにして一回りだけ巻いた後母に差し出した
左手を一生懸命動かして一本目、
時間がかかったが見事に最後まで巻き終えた!!
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姉さん 見せてあげたかったよ 母さんは本当に満足そうに笑ったよ
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二本目 三本目そして四本目、本数が増す毎、短時間になり
最後の五本目は形も硬さも十分な仕上がりになった
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母はため息をついた でもそれは今までのような嘆きではなく
何かを成し遂げた満足感のため息だった
最後の五本目を巻き終わった時二人で抱き合った
『やったね! 母さん 』 「5本だ」 そう5本
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現実に戻り、多分翌日になれば母はこの感動も忘れてしまうだろう
おしぼり巻きなんて嫌だって言うかもしれない でもこれはキッカケ 
毎日の積み重ねでいつの日か君子おばあちゃんには負けない位
達人おしぼり巻きおばあちゃんになるかもしれない
母さんの根気が勝つか 私の根気が勝つか これからが勝負だ

病室に帰る道すがら話題はさっきの仕事の話
ベッドに寝かした時も一仕事終えた満足げな顔だった
「今日は働いて疲れたよ YUKI,私は未だ死ねないな」
(* ̄m ̄) 母さんはまだまだ長生きするよ 本当に頑張った

いつの日か。。。母さんは本当におしぼり名人になれるかもしれない
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by r-petal | 2006-11-22 07:11
続 いつの日か。。。 
いつの日か。。。11月10日のブログにも使ったタイトル
あの時は母の父に対する態度を綴った
いつの日か、私も父と同じ扱いをされる日が来るのを予感した

昨日の母の態度は前回とは違う事で同じ思いを私に抱かせた
************************
11月20日(月)
昼少し前に次女が来た
昼食が済んだ頃長女もやって来た
これで安心して外出が出来る(* ̄m ̄)
3ワンズの子守を頼んで病院へ向かった

階段付近には外来整形治療とリハビリを兼ねた部屋がある
今日もその部屋からはお馴染みの演歌が流れていた
その輪の中に母は居ないと分かっていてもつい覗いてしまう
母さん。。。ここで一緒にラジオ体操や北国の春を歌ったっけ
渋々参加した集団リハビリだったよね
あれ以来いくら誘っても参加しようとはしない
もうここに来る日はないのかな…寂しいね

先ずは父の病室に寄る 
『父さん おにぎり持ってきたよ 暖かいよ』
起き上がって早速一つをペロリと食べ終えた
退屈しているのか機関銃の様に喋り始める

「早く家に帰りたいな」 まだ4日目だよ 
「病院は嫌な所だな」 良い経験だ しっかり味わえ
「けさの気持ちが分かるよ」その気持ち忘れないでよ 
。。。とまぁ こんな調子(* ̄m ̄)
『帰りにまた寄るから 後でね』 時間にして10分

2階から3階の階段は雨の日だと余計暗い
父の入院している2階、医療病棟の扉は開放されているけれど
母が居る3階の重い鉄の扉は常に閉められたまま
この扉を引いて開けると母の病室は目の前
母さん。。。この病院に転院になってもう直ぐ3ヶ月になるよ

ひょいっと病室を覗くと。。。ここも薄暗い
認知症の年寄りには灯りは必要ないかもしれないが切なくなる
その薄暗い部屋に居る母は入り口を常に凝視している
今日の母は怖い顔をしていた 

『来たよ』 電気のスイッチを押す お!明るい

母は何か言ってるが聞き取れない 
『何?』と近づいた拍子に腕を触ると袖口がびしょ濡れ
毛布も濡れているし下に敷いてあるバスタオルも濡れてる
昼食時のエプロンも外してしまったのだろうか
パジャマの胸元も酷い汚れだ お茶か汁物をこぼしたのだろう

洗濯袋を見ると同じ様にパジャマと防水シーツにバスタオルがあった
これはきっと朝のオムツ替えを拒否した結果の濡れだろう

とにかく濡れたままの状態にしておけないので着替える事にした
所が運悪く介護員が入ってきた 母は私にしがみ付いた
『YUKI YUKI』と私の名を呼んで離れようとしない
着替えは後にしてここから脱出だ 車椅子に乗せた

「すみません 不慣れだからオムツ替え何度も拒否されてしまって」
確かに新顔の介護員だった
『誰が来ても同じ態度ですから気にしないで下さい スミマセン』

1階のトイレに入るまでは母は普通だった
いつもの様に一度つなぎパジャマの足の部分のファスナーを外す
ズボン部分は母の腰に巻きつけないとパジャマは濡れてしまう
その為には一度母に立ってもらわないと上にあげられない

ポールに手を添え母は私の掛け声で一度立つ 簡単な事だ
『母さん ポールを握ってくれる?』 無反応
仕方がないので母の手をポールに持って行った 母は嫌々握った感じだった

『母さん 今度は立つよ せいの~~』 何とか立ってくれた
右手は母の腰に回して体を支えながら左手でパジャマの下部分をたくし上げる
そして一旦車椅子に座らせパジャマのズボン部分を母の腰に巻きつけて置く

『母さん もう一度立って今度は便座に座るからね』
オムツを外すと母は顔をしかめて「臭いな~~」と言った
臭いってこれ母さんのおしっこだよ こんな態度はした事がないのに

便座に移動させるには母の尻に手を添えて体を回すのが一番安定する
いつもなら手の冷たさに文句など言った事のない母が尻に手を添えた途端
「冷たいじゃんか!」と怒った 「全くモタモタしてて」これも初めてだ
『母さん 不慣れでごめんよ』

フラットシートも尿取りパットもずっしり重い 
10時の欄には一応オムツ替えのチェックがあったが本当は何時だったか…
院内オムツカバーの上に使い捨てオムツカバーを敷きフラットシートを2枚
更にその上に尿取りパットを敷いて車椅子の上に並べて置いた

排尿 排便はなし ウォッシュレットのお湯で尻を拭いていると
「痛い 痛い」。。。今日は私にとっても厄日なのか 更にご機嫌が悪くなる
肛門部分を痛がったので薬を塗っておいた この時は素直な母

さて。。。再び車椅子の上に移動だ 
『母さん手が冷たくてごめんよ』先に謝って置いた

配置したオムツ上にお尻は着地 
でもシート数が多いのでオムツカバーが上手く留められない
「早くしろ!」また怒鳴る 
序に「全くモタモタしてちっとも上手くならないじゃないか」のおまけ付き
『母さん もっと手際よく出来るよう頑張るから今回はごめんね』

こう言う場合の母には下でが一番
でも余り過ぎると「馬鹿にするな」と言われるから程度が難しい所

腰に巻いたパジャマを下ろすには母にもう一度立ってもらわなければ出来ない
「もういい!」母は立つ気は全くない

これは病気 母の事だからまた直ぐに機嫌が良くなる スマイルスマイル
下半身丸出しだけどタオルを掛けて病室へ戻った

ベッドに寝かせて序に濡れたパジャマも着替えさせた やっと完了だ
そして思った通り 母の怒りも静まっていた

所が、暫く母の顔を見ていたけれど私を見ようとはしない
と言うより目に入らない感じ 物音がする度音のする方向を見たり
天井や壁を見たり 頭と目だけが動いている状態 口は半開きのまま
下半身だけ植物人間のように微動だしない
母の頭の血管のどこかで何かが起こり始めているのだろうか…

『母さん』と呼ぶと反応はある 
でもふっとまたあの顔つきになる 腑抜け状態
母さん 元の世界に戻ってきて!

『散歩に行こう』 なるべくベッド上の生活を少なくしなきゃ
本当に腑抜けになってしまう 散歩 散歩 車椅子に乗せた

談話室にはいつもの様に君子おばあちゃんが居た
原さんも最近は気分が優れないって部屋から出て来ない
たいさんも園子さんも介護員が連れて来ないとここには来れない
常連さんは君子おばあちゃんと母だけだ

今日は介護員のFさんにもIさんにも会っていない
聞きたい事が一杯あったのにその気も失せた

お饅頭はいらないと言った母はベストの裾を握って口に運ぼうとしている
何度かその行為はあった そして実際にくわえて顔を歪ませた
蓋付きコップなのにストローの役目が分からないのか
蓋に口を付けて茶を飲もうとしている 飲めるはずがない
こんな母の態度が拍車をかけたのかやり切れなくなった

母をベッドに戻して再び父の病室へ
話したい事が一杯あったろうが私がその気になれなかった
『父さん 洗濯物が一杯あるからこれから帰ってやらなきゃ
母さんは今日機嫌が悪いから会いに行かない方が良いよ』病院を出た

母さん。。。私までオムツ拒否したら後は看護師の強制替えになっちゃうよ
一番母さんが嫌いな行為だよね お願いだから協力してね

長い入所生活にはこんな日もあるさ
YUKI スマイル スマイル 自分にそう言い聞かせながら帰った
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by r-petal | 2006-11-21 10:09
棒ほど願って針ほど叶う
夕べは何と7:30pmに就寝したYUKI家(* ̄m ̄)
休日の夕飯開始は5時からが恒例【酒は憂いの玉箒】じゃないけど
アルコールで色々な心配事を忘れさせてもらいました
昨夜は夫が買ってきてくれたワインがほうき代わり爆))
ワイナリーフェスタ以来、夫は種々のワインに凝っております

一番ストレスが溜まっているのはピースだと思ったら翔だった
夕食時にいつも元気な翔が途中からおやつ放棄
夫の膝に丸くなったまま寝てしまった
『翔君 おやつだよ』見向きもしない

「今夜は皆で寝よう!」と夫
私たちのベッドに翔と迅とピース。。。大丈夫かいな

普段翔&迅は私たちと添い寝をしている
その為にダブルベッドを改造して更に広いベッドにはなっているが
果たしてピースが良い子で寝るか 翔たちがピースを受け入れるか
ピースが我が家に来て3回目の晩 一同揃って寝る事になった
ダメ元で試してみたら大成功だったが。。私は結構大変だった爆)))

配置は画像通り
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ピースは私の左隣で一晩中良い子で寝てたが10:30pmトイレに起された
2:18am 夫の足元で寝ていた迅が私の足元に移動して来て目が覚めた
3:40am 夫の左隣で寝ていた翔が私の右隣に移動して来て再び目が覚めた
ここまでで十分な睡眠は取ってはいたが私は寝不足気分
5:15am起床の時間になったら翔&迅は夫の元に戻っていた(* ̄m ̄)

********************************
11月19日(日)
ピースは相変わらず私のストーカー
翔も遠巻きに様子を見ていてピースを抱くとすっ飛んでくる
迅はその時の気分でソファーに居たり翔同様飛んできたり

昼時、次女の到着を待って病院に行く事が出来た
「母さん 早く帰ってきてね」
確かにさすがの次女でも3ワンズの子守は大変だ
ちょっと開放された気分で途中、父のおにぎりを買って病院へ向かった 

カーテンを閉め手ぬぐいを顔にかけて寝ていた父
テレビは付けっぱなしになっていた
『具合どう?』 目を閉じていただけなのだろう 直ぐに手ぬぐいを外した
「咳が止まらん。。先生がPC検査を定期的に受けろってさ」

PC? パソコンの事? 一瞬何の事か分からなかった
「YUKIが説明してくれただろう ほれ PC」 
(*≧m≦*)『PCじゃなくてCRPだよ、感染検査の事か』
父が受診している整形外科などをこの病院に変えるには良い機会だ
カルテも揃っている事だし退院後も暫く通院した方が良いだろう
転院を勧めておいた

『おにぎり買ってきたけど 量が足りないのなら増やしてもらおうか?』
「病院の飯はまずくて嫌だ 毎日2個ずつ買ってきてくれ」
母に比べてその位しか世話してあげれないしな。。。

父はベッドから起き上がってベストを着始めた
私と一緒に母に会いに行くつもりらしい 
『父さん咳が止まらないって言ってたからもう暫くはダメだよ』
ガッカリさせたけれど父の咳よりも母の態度が心配だった
機嫌の悪さが介護員に向けられると困る 父にはそれが分かっていない

もしかしたら父の入院で少しは母の態度が和むかと期待した
もっと父を心配して優しくなって欲しいと願った
一時はその態度も伺えるけれど会話が進むほど母の態度が悪くなる
私の願いは中々叶わない。。。棒ほど願って針ほど叶う
かと言って諦めようとは思わない 可能性はあるはず
母さん。。認知症が進まぬ前に仲の良い夫婦の姿を見せて欲しい

母は相変わらず「よく私の居場所が分かったね」と言う
そして相変らず便秘状態

介護員Iさんが母の報告に来てくれた
「トイレに連れて行こうとしたら娘が来るから待っていますって」
『実は昨日も便が出かかって引っ込んじゃったんですよ
今日も出ていないみたいだし… ラキソ効果はないみたいですね』
浣腸は避けたいしね~~とIさん
『これからトイレで頑張ってみます! ダメなら検討してください』

「何処に行くんだ?」と聞く母に『トイレで一頑張りしてこよう!』
母の頑張りのお陰で大きな便がやっと出てくれた

大満足して病室へ戻ると「どうだった?」とIさん
『大成功でK4の大きさでした』 「良かったね~~」
K4とは手こぶし大の大きさ 母は顔を真っ赤にして本当に頑張った

気分が良さそうな母に『父さんに会いたい?』と聞いてみた
「病気なら元気つけてやりたい」と母
数分してからまた同じ質問をしてみた 
「入院?そりゃ大変だ 会いたい」と言った

談話室に母を残して父の病室に報告に行った
『後から来てね 私と一緒だとまた何か企んでるって言うから』
父が嬉しそうな顔をした 

母に再び父の話をすると病気で可哀相だと言っている時に父が来た
所が、父の顔を見た途端 食べかけのお饅頭を置いた
母の目が見る見るうちにボーとなっていくのが分かる
どうしてこうなるのか分からないけれど言語もはっきりしなくなる

父はこんな母の態度より看護師が直しているテーブルが気になる様子
仕事柄手助けをしたいのだろう そっちに移動して行った
「ビスがダメになってるな~~道具があればな。。」なんて話している
それを聞いていた母が「くだらない」と 多分そう口が動いていた

ダメだ。。。荷物をテーブルに置いて立ち上がった
『母さんを連れて散歩に行くから適当な時間に病室に戻りなよね』

1階を回り2階を回り 再び談話室 隙間から見ると父が未だ居た
もう一度1階に下りて外来待合室に入った
毎回ここでパンとゴマカフェを買うおばあちゃんが居た
おばあちゃんお勧めのパンはおぐらデニッシュだと言う 
早速母にそのデニッシュパンを購入 半分ほど食べた
30分位其処に居たかな? 再び3階の談話室に戻ると父の姿はなかった
どんな気持ちで病室に戻ったんだろう チクリと胸が痛んだ

パンを食べて機嫌が良くなった母の元に今度は姉がやって来た
「よくいらしてくれたね」と頭を下げた
(*≧m≦*) 私と違い随分丁寧な扱いじゃない?
会話は和やかに進む 上機嫌の母
姉と父の話をしていても余り態度が変わらない
父に来てもらうんじゃなくて母が会いに行く作戦はどうだろう
現に叔母の病室を訪れると母は気遣う言葉をかける
『父さんに会いに行こうか』 拒まなかった

姉に車椅子を押してもらって父の病室へ
大成功とは言えないけれど母の態度はマズマズ
父は嬉しそうだった

機嫌を良くした父
自分が母を病室に連れて行くから私は帰って良いと言った
「こんな所に私が取り残されるなら死んだほうがマシだ」と母
言葉は確かにきつい一言だったけれど父も姉も私も笑った
その時の母の顔は笑っていた

私の願いはいつか叶う時が来るはず
姉に母を頼んで家路を急いだ 
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by r-petal | 2006-11-20 10:19
ピースが我が家に
『翔~~ 違った迅 じゃなくてピースだ…』
もう三匹居ると名前がめちゃくちゃ(* ̄m ̄)
父と私の心配とは裏腹にピースは我が家で無事過している
【案ずるより産むが易し】ってこのことね(*^_^*)

初日、ピースは私と座敷で寝た 翔&迅は夫と二階
昨夜は夫とピースが二階 私は翔&迅と座敷で寝た
日替わり就寝しています 爆))))))
夜は順調なんだけど昼間が大変。。。

ピースは我が家に来た時から私のストーカー
翔&迅も負けじと抱っこ攻撃で。。。
一人で3ワンコの抱っこはさすがに重い なんとかしてくれ。。。

*******************************
11月18 (土)
私のブログ、最年少閲覧者sakiちゃんの為に紹介
おばちゃんの実家のピースだよ(*^_^*)
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年は翔と同じで5歳 
sakiちゃんのおじいちゃんの家で飼われている白猫 
チビちゃんと同じようにちょっと肥満犬(* ̄m ̄)
これからちょくちょく登場するかもしれないからよろしくね

父から頼まれたピースの食事量は翔達の量に比べたら半分位 
それプラス、ササミのおやつ二枚だけ
この少量な食事でこの肥満度は如何なものか。。。

ピース。。。我が家の滞在中に少しでもダイエット出来れば良いね

それにしてもピースは凄い トイレは一発で覚えた
翔は1年半かかって覚えたのを比べると父の育て方が良かったのか
元々ピースが賢いのか。。。イヤハヤ驚かされた

後はストーカー行為が収まってくれないと私は家から一歩も出れない
今日はたまたま夫が休日で家に居てくれるから良いようなものの
明日からは娘達が我が家に来てくれないと病院も行けれない状態
今もパソコンを打ちながら翔&迅を抱き
 
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ピースは私のお尻の横で寝てる。。。
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3ワンズだけの留守番は心配なので夫一人で義父母宅へ行ってもらった
先週、義父母は旅行に出掛けていたので暫く会っていない
来週の木曜日は何とか訪問しなきゃだな(* ̄m ̄)

午後、夫+3ワンズでお出掛け 
先ず実家に寄ってピースのハウスを車に積んだ
大きい荷物だし短期間だから不要と思ったけれど
なるべく実家で過していた時と同じ環境にした方がピースも良いだろう

その足で父&母の病院へ 3ワンズは車の中で留守番
先ず父の病室 手ぬぐいで顔を覆って寝ていた
昔から昼寝の時はこうやって寝ていた習慣、院内でも変わらない
熱も相変わらず38度台 声もまだ変だが食欲と元気は復活した様子
3階の談話室で落ち合うようにして母の病室へ向かった

朝食拒否 オムツも早朝は拒否になっている 相変わらずだ
父が病室に入ってきた 無神経だな。。。
インフルエンザと違い感染症はないので出歩き許可はある
…が、病室訪問は避けて欲しかった
寝たきり患者には迷惑な行為 その配慮がどうも欠けてる父
ベッド上掃除を済ませて急いで談話室に移動した

母には父の入院を告げたが反応が時間により違う
私の時は「へぇ」と冷静だったが姉の時は父を気の毒がったらしい

「頭が割れそうに痛いし喉の痛みも取れない 最悪だな」と言う父に
「ようやく人の痛みが分かったか」とズバっと一言 私以上だ 爆))
さすがに夫は父に同情の目を向けていた

潮時かな。。。『母さんをトイレに連れて行くから』と口火を切る
夫は翔達の散歩へ 父は病室に戻って行った
案外あっけなく終わった夫婦の会話 明日はどう変わるのかな?
言葉通り母のトイレ介助を済ませて病室を出た

夕方父から電話が来た
病院の食事量が少ないらしい「昼夜用におにぎりを二つ持ってきてくれ」
季節柄余り心配は少ないかもしれないけれど腐ったら困るし
夕方から大盛りにしてもらう様看護師に頼むか。。。。
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by r-petal | 2006-11-19 10:36
医療病棟201号室
父が一週間過す部屋 母と同じ病院の2階201号室に入院した
予定では一週間ここで抗生剤の点滴を受ける

病名は【肺炎】。。。の初期
あの病気知らずの父までが入院するとは思わなかった

**********************
11月17日(金)
母の日復活の為、父に電話を入れたのは16日の夕方
「喉が痛くて熱が38度あるんだ」と思いもかけない言葉が返ってきた
『いつから?』 「わからん」
もっと早くに言ってくれれば病院から直ぐ駆けつけたのに
「飯も作る気にならん」 
一人暮らしの心配な事が病気の時の食事だ

明日の朝そっちに行くからとにかく今夜だけは乗り越えてよ
そう言って受話器を切ったものの心配になる

姉に電話を入れた 何かあった場合夜駆けつけてくれる事になった

今朝父に電話を入れると幾分熱は下がったようだけど声は酷い
喉からの発熱なら二三日は下がらないだろう
簡単に考えていた

朝食用にお粥を持って行ったが余り食欲がない様子
「うまくない」と一言 可愛げがないな。。。

熱は少し下がって37.4度 支度をして早速病院に連れて行った
行き先は母が入所しているJ病院
ここなら父が診察を受けている間母の世話も出来るし
一石二鳥。。。その程度の考えだった

病室に入ると母は見たことのないつなぎパジャマを着ている
病院のレンタルパジャマだった
洗濯物には防水シートにタオルそしてパジャマ
昨日洗濯を持って帰ったばかり。。食事時お茶でもこぼしたのかな

借りたつなぎパジャマは生地は厚いけれど夏用で足が膝まで 袖丈も七分
もう一枚新しいのを揃えないと間に合わないな
母のオムツを替えてナースセンターに向かった

「お母さんね 夜、オムツ替え拒否をしたからパジャマ他が濡れちゃったの
院内用のオムツカバーだと長時間だと漏れちゃうの
以前の使い捨てオムツを用意してくれないかな」
母さんまた拒否したんだ どうりでパットがずっしり重いわけだ

「そうそう、今日お母さんを連れて外出するんでしたよね。。
お手数だけど書類にサインと外出時間など書いて欲しいのだけど…」

『Fさん、それがね…』父が今外来で診察を受けている事を告げた
「ちょっと今日は無理かもね。。。YUKIさん、日を改めよう」 だね。。

40分後父と外来で待ち合わせる事になっていたので一旦1階へ下りる

丁度レントゲンを撮りに行く所だった
それが済んで待合室に移動 
「おい 風邪で血液検査やレントゲンなんか撮られるのは初めてだ」
『熱があるから肺炎の心配もあるんじゃないの』冗談交じりの言葉だった

看護師に呼ばれて診察室へ
医師は隣の部屋で別の患者を診ている最中

デスク前には先ほど撮られた父のレントゲンが貼り付けてあり
デスクの上には血液検査結果が置いてあった
双方をちらっと見る。。。WBCが15,1とある まさか15,100じゃないよね?!

白血球の基準値は忘れたけれど私が虫垂炎の時10,000以上の数値だった
過去、娘達が小さい頃何度か肺炎にかかって入院経験あり
その時のレントゲン写真を何度か見ているので
素人の私が見てもちょっと。。と思う白い影がある
まずいな。。。

医師はまだ来そうにない 携帯カメラでレントゲン画像を撮った
 
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母の主治医でもあるK院長は血液検査の結果を見て「ありゃりゃ。。」と言った
今回父の検査でCRPの事を詳しく知ることが出来た
CRPとは「C反応性蛋白(C-reactivu protein)その頭文字をとってCRPと略記
普段は血液中にはないタンパク質だが炎症がおきて
体の組織が壊れると血液中に増えてくるらしい

度数は0~1:ほぼ正常 2:やや上昇(まだ軽症)5:中等度上昇(中くらいに問題)
10:高度上昇(相当問題)10~:極めて高値(重症!)と判別するが
父は7,0mg 中度と高度の中間 明らかに感染指数が高い

『肺炎ですか?』父の反応を見ながら聞いた
「初期と言った所だな このままほっておくと確実に大変な事になる」

母がこの病院の療養型に入所している事、一人暮らしである事を告げる
『先生 入院治療させてもらえませんか?』

「CTを撮って最終決断をしましょう」と医師
父はもうオロオロしてる 

CTを撮り再び待合室で父と結果待ち
『父さん、 父さんは今まで健康だったから人の辛さが分からなかったけど
これから体が弱くなって来て今日みたいに色々な検査や病気を経験するよ
正直私も今 手一杯な状態 
これからは自分の体は自分で管理してくれないと困るよ
そしてね 病む事の辛さも分かって欲しい
母さんの気持ち分かったんじゃない?思いやりに欠けてたよ』
精神的にも肉体的にも辛い時期に言う言葉じゃないかもしれない
でも娘の私しか言えない言葉だと思った

やはりCTの結果も良くなかった
レントゲンからは写らなかった肺のくもりがはっきり分かる
「北原さん 今入院して治療したら1週間位で治ります
このままにしていたら確実に最悪な状態になりますよ」
父も覚悟を決めたようだ

さぁ~~ここからが忙しかった
入院の為の色々な検査を受け一旦入院病棟で点滴チェック
抗生剤が父の体に合うか調べた後一回目の抗生剤点滴を受ける
その間に再び3階へ 母の昼食を済ませオムツを替えた
これが済んだ時点で父の外出届けを出して自宅に戻った

この外出届け。。。本当なら今日母の為に書くはずだったのに…

父の入院事態はそう私にとって大変ではない
母同様、体の事は安心出来る 問題は実家の犬 ピース
翔&迅と仲良くやれるか 我が家でトイレがちゃんと出来るか等々

次女に連絡を入れピースとピースのご飯やトイレなど運んでもらった
父も隣組などの会合や忘年会などの引継ぎを副組長に頼んだ
外出時間の1時間を少しオーバーしたけれど父を病室に送り届けた

急いで3階 母の病棟に行きFさんに父の入院の事を知らせた
「YUKIさん 自分の体を大事にしてね お母さんは大丈夫だから」 
頭を下げた

母と一緒に居ても外来受付 2階のナースセンターからの呼び出しで
1階~3階を何度か往復 いやはや結構な運動になったわ(* ̄m ̄)

定刻の時間より少し早目に病院を出た ピースの事が気になる
次女のメールでは迅がピースにちょっかいを出している様子
「ピース ストレスがたまりそうだよ」最後のメールがこの文面
ピースも踏ん張り所 1週間無事に乗り越えようね

不思議な気分だ 母の入院 父の入院 事態は最悪
でも介護員さん達が心配するほどへこたれていない自分が居る
きっと家族を含め私の周りの全ての人達の支えがあるからだと思う
私はひとりじゃない いつもひとりきりじゃなかった

『笑っちゃうよね 
父と母が入院してピースまで我が家に来るなんて』夫と話した言葉
今まで以上に夫と娘達の協力が必要になる 宜しくね
姉にもまた苦労をかけちゃうけど父の入院期間は短い 
姉さん。。。。笑って乗り切ろう
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by r-petal | 2006-11-18 09:37
母の日復活作戦
『父さん、お願いがあるんだけどな。。』
朝一で父に電話を入れた
『母さんの車椅子がもうじき届くんだ
家のトイレに手すりを付けてもらえないかな?』
母が我が家に来た時の為にトイレに実家と同じ手すりが欲しかった
父にとったら仕事柄お手の物 夫に頼むより安心(* ̄m ̄)
快く引き受けてくれた
これで手落ちはないかな?

********************************
11月14日(火)
「11時半頃迎えを頼むな」そう言って夫が出勤
数日前から右目の不調を訴えていた夫が今日眼科診察を受ける
目の奥の違和感。。。心配だった

夫は十代の時左目を失しなっている 部活中の事故
以来片目は義眼 人一倍苦労をして生きてきた
だからこそ残った右目、気がかりになるのは当然
検査には瞳孔を開く薬を使う為数時間車の運転は出来ない
会社から眼科までは部下に送ってもらい
治療を終えたら眼科から会社までは私が送ることになった
正確に言うと私ではなく長女の車(* ̄m ̄)
先週エスティマのオイル交換を予約してしまったので長女に頼んだ

9:00am 車をディーラーに預けた
迎えに来てくれた長女と家に戻ってティータイム
眼科に居る夫から電話が入る
「予定より早く終わりそうだから今から迎えに来てくれ」
30分後病院に着いた

夫の目の状態は余り心配した事はなく
目の裏側に水泡があり 1ヶ月の漢方薬で様子見になった
『病名は?』
「よく分からないが働き盛りの中年に多い病気らしい」
。。。夫らしい これでは調べようがないや

「少し早いけれど、どこかで昼飯を取るか」と夫
長女も私もそのつもりだった 爆)) 勿論夫のおごり
会社近くの食堂で山かけマグロ丼を美味しく頂いた(=v=)
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夫を会社に送り届けて実家に向かった

12時を少し過ぎたばかりだったので父は昼食中
母が在宅生活をしていた頃と同じように質素なおかずだったが
味噌汁だけは中身が豪華 種類豊富 父の自慢料理だ
野菜嫌いの母はこの味噌汁で結構な種類の物を摂取出来ていた

「午前中に病院に行ってきたけれど
機嫌が悪かったからすぐ帰ってきた」
そこを我慢して居てあげれば母の態度も変わるだろうに…

後の予定も詰まっていたので父の食事中に話を進める
(私も気長に父に付き合おうとは思わない お互い様か)

母の介護員に対する最近の態度・父と私の訪問時間のズレ
最後に母の外泊の事を告げた 父は反対はしなかった
30分ほど居て今度は母の病院へ

相変わらず落ち着かない様子で辺りを探っている感じ
「よく私の居場所が分かったね」会話も相変わらずだ

廊下で物音がすると頭を上げて「誰だ?」の繰り返し
談話室に居ると、こう言う態度は少ない
やっぱりベッドに寝かしつけたままの状態は良くない
でもリハビリやおやつ会の誘いを断っているのは母自身
自分からベッド生活になる様仕向けてしまっている

こうやって母自身が父の介護意欲を失わせた様に
介護員を本当に敵に回す結果になってしまうのだろうか
母さん。。。このままの状態だと母さんの居場所はなくなるよ
お願いだから大人しく余生を過して欲しい

同時に我が身に問いかける
もし。。。外泊により母の態度が今以上悪くなったらどうする?
それにより母の居場所を無くす事態を招いてしまったらどうする?
そこまで私が責任を持てるのか? 等々。。。

不安は一杯ある 自信なんて全然ない
だけど今のままでは母の精神状態が悪くなる一方 
これ以上暴力的になったらこの病院から出されてしまう
父はもう母を自宅で世話をする気はない
どうしたらいいんだろう?

今日一日そんな事を考えながらいつも通りにトイレの介助 
いつも通りに談話室で過し
いつも通りに母を安心させる嘘をついて病院を後にした

暗くなるいっぽうの気持ちを少し明るくしてくれたのは夫の言葉だった
「YUKI 難しく考えないで以前の様にお袋さんを昼間家で預かって
夕方病院に送る日を復活させればいいじゃないか
様子で外泊に切り替えるって方法もあるぞ」

そっか。。。母の日復活作戦か
それ位の短時間なら私だってそう大変じゃないし
本当に母と翔&迅の二人きりになれる。。。。ありがとう幸
それにしても私って間抜けね。。どうしてそれに気が付かなかったんだろう(* ̄m ̄)
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by r-petal | 2006-11-15 14:19