恩恵の中で。。。
今日から暫く長女と孫が我が家に滞在する事になった

日曜日、買い物の最中急な激痛が膝に起こり娘は歩くのも辛かったという
その晩は痛みで夕食の支度も出来ず寝ていたらしい

翌日一緒に自宅近くの整形外科を訪れたが「坐骨神経痛」だと言われた
原因はやはり持病のヘルニア、ちゃんとリハビリを続けていればこんな事態は防げたろうに
良くなったと思い込んだ娘と安易に考えた私にも責任がある

暫くリハビリを続けて改善がなければ母乳を止めて飲み薬になるらしい
 
やはりこの病院では混んでいて待ち時間だけでも時間がかかり過ぎる
娘によるとリハビリの機械は母の居る病院と余り大差はないと言うので
自宅でも出来るストレッチ体操も含め
今度こそ本腰を入れ根気良くリハビリに通う事だ

家事や翔悟の世話にも1人では無理がある
賢くんと話し合って暫く我が家であずかる事になった

今日も6日7日 2日分のブログ

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昏睡状態 経管栄養中止17日目 3階療養病棟41日目 発症から90日目

5月6日(日曜日)
母さん、GWも後二日、午前中は夫とゆっくり二人で過したよ 
一緒に電気屋に買い物に行ったりレストランでランチを食べたり…
夜は前々から夫が観たがっていた「硫黄島からの手紙」の邦画の鑑賞予定だよ 

最近次女と夫はよくメール交換していているらしくて娘に言われちゃった
「父さんは母さんが相手をしてくれないから寂しがってるよ」って、
娘に言われなくても気が付いていた、母さんが脳梗塞を発症してから今日で90日目
その間私は夫だけじゃなく娘達にも翔&迅、義母にも寂しい思いをさせてきた 
でも母さんの生ある限り私は母さんだけの事を思い、涙し、時を過し通す気がする
残り少ないと言う現実があるからこそ余計に・・・

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病院到着は既に2時を過ぎてしまった 
僅かだけれど出来るだけの事は済ませて帰ろうと思った
母さんは今日も穏やかな顔をしていた 目を拭いていると後ろから声がした
「YUKIさん、帰ってきましたよ けさよさん、待っていてくれて嬉しいな」
Fさんはそう言いながら母さんの顔を撫ぜてくれた

GW休みでFさんが不在の3日間の母さんの出来事を話した
ふと、会話は数日前のM看護師に言われた言葉に移って行った 彼女の名は出さなかった
『Fさん、先日若い看護師に母さんには本当に水だけで良いのですか?って言われました
経管栄養を止め今日で17日です 
母さんはやっぱりお腹が空いて辛いのかな? 私の決断は惨いことかな?』

Fさんは沢山のお年寄りの最後を見てきたはず、必ず何かともし火をくれると信じた
違うな…救いを求める気持ちだった
「けさよさんに食事を与える事で無意味な日数だけ与えたくないと思って決めた気持ち
それは誰も責めはしませんよ」

私は責められてもいい、看護師たちが私のしている事を薄情だと思うのは仕方がない
辛いのは水しか与えられない可哀相な母親だと思われる事 
死を迎えようとしている母さんにそんな同情心を持ってもらいたくない 
勿論Fさんが言う通り無駄な時をもうこれ以上長引かせたくない 
母さんは今、父さんと午前中会い、午後は私と過し、夜には姉さんが側に居てくれる・・・
こんな風に家族と過す時間を楽しんでいるのだと信じてもらいたい

婦長が来てくれた
「けさよさん、ここ数日は穏やかな顔をしていますよ
きっといつも一緒で嬉しいのよね でなきゃこんな顔は出来ないから」
Fさんから私の話を聞いたのだろう 私の身を心配してくれた
そして母さんは今穏やかな時を過しているのだと思ってくれた

顔や手足を拭いて保湿剤を付けていたら従姉が来てくれ
3時のおむつ替えを機に帰って行った

手足を拭いていた時臭いがあったので便が出ているのは分かっていた
外してみるとかなりの量だった 
水分だけでこんなに便が出るなんて驚きだが
看護師が床に広げた新聞紙にシート類を投げ落とした時、便の色の濃さにもびっくりした

『タール便じゃないですよね?』それほど便の色は黒かった
「調べればすぐ分かるから」看護師はスティックが入った容器を持って戻ってきた 
便潜血反応 
1本のスティックにおむつに付着した便を付け暫く変化を見ていたが
便の色は何色にも変化しなかった(潜血だった場合緑色に変化するらしい)良かった
便の色の濃さは多分長時間経った為だったのかもしれない
もう血液検査など一切行なわれない母さんにとって便の色がバロメーターだ 

3:30pm 時間だ 何事も起こらず今日も帰る事が出来た

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昏睡状態 経管栄養中止18日目 3階療養病棟42日目 発症から91日目

5月7日(月曜日)
母さん、長女には困ったものだよ 
昨日急に膝が痛くなって夕食も食べられず寝ていたそうだ
今朝賢くんが病院に順番を取ってくれたので8:45に病院に向かったよ 
坐骨神経痛だって、ここでちゃんとリハビリを続けていたら
こんな事にはならなかっただろうに…

娘の話だとリハビリの機械はこことそう変わりがないみたいだから
今度こそ本腰を入れて治さないと心配だよ
私も散々体の事では母さんに心配かけたから娘にも同じ思いをさせられるのかもね 
長女がここで治療を受けている間、私は母さんと翔悟の子守だね(笑)
 
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今日の母さんも安定した状態 血圧は126/72 サチュレーション91

4日連休で出勤してきたUさんが私の姿を見て「久しぶり~暑いね」と声を掛けてくれた

Uさんの仕事は院内患者の洗濯とレンタル衣類の管理 ボタン付けや縫い物・・・
洗いあがったエプロンなどを各病室に届けたりお年寄りの話し相手になったり・・・
雑用も多い、もしかしたらお掃除担当の人たちより重労働かもしれない

洗濯場は母さんの病室の真向かいなので当然何度か顔を合わす機会がある
母さんの病室に入って顔を撫ぜていたらUさんが病室の入り口で手招きしていた
仕事の用事がない限り患者の病室の出入りは禁止されているからだ

「院内の洗濯は一段落付いたから毛布を洗ってあげるから」 2度目だ、遠慮をすると
「気持ち良く寝ていてもらいたいからさ・・・洗わせてよ」と言ってくれた 
今回も洗濯記録に書かずに母さんの毛布を洗ってくれた

看護師二人と体の洗浄を済ませてからタオルを洗い、干し場に向かった
毛布がもう洗濯され干されていた 殆ど乾いている
院内の干し物の邪魔にならぬよう隅っこにタオルを2枚干した 
30分位しか干せないけれど乾かなくても室内に干しておけば乾くだろう

4時 帰宅の準備をしているとUさんが毛布とタオルを持って来てくれた
「毛布を寄せに行ったらタオルがあってね、
もう乾かないと思ってさ、乾燥機にかけてきたからね」
手渡されたタオルはUさんの心と同じ、暖かかった

5月になって母さんは入所して9ヶ月に突入 
母さんも私もその間色々な人から恩恵を受けた
介護員のFさんやIさん、婦長のSさん、そしてUさん、勿論その他の介護員や看護師たち

私は母さんが居なければ知り得ない世界を過す事が出来た 
色々な経験を味わう事が出来た

母さん、私にとっては決して無意味な9ヶ月ではなかったよ 
明日も一緒に過そうね
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by r-petal | 2007-05-08 10:21
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