義父からの手紙
一人暮らしをしている義父に夕食の一品を保冷袋に入れて渡すようになった
すると必ず皿と一緒に一品付けて返してくる
例えばそれが缶ジュースだったり 納豆だったり(笑)

一昨日しめじスパゲティーを手渡したら昨日塩鮭入りの袋が帰ってきた
そして皿の下にYUKI様と書かれた銀行袋が入っていた 
封を開けたら現金が入っていた

そして義父の手紙が1枚 
「毎日病院通い本当にありがとう 
今まで買ってきてくれた買い物代と車のガソリン代  爺」と書かれていた

直ぐに電話を入れると
「YUKIはこうでもしないと受けて取ってくれないじゃないか
俺の気持ちだ もらってくれ」と言った
私はお金より義父の手紙が嬉しくて嬉しくて泣いた

まだ先が見えないけれど皆で精一杯頑張れる気がする 

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脳室内出血で緊急入院後その出血は右側にある動脈瘤からではなかった事と
高血糖値であることが分かった以外、出血の原因など分からぬまま2週間が過ぎた

入院から3日後(13日)救命センターから一般病棟に移った時は鼻カヌラに変わり
よく話すようになった一方高熱と高血糖値の為インシュリン治療が続いていた

17日午前中脳外科医がやって来て下大静脈から点滴治療を開始した
もうここからでしか血管を確保出来ないほど義母のそれは脆くなっていた
同時に2日ほど続いた鼻からの経管栄養も痰が増えた為中止になった

父が見舞いに来てくれた19日には更に痰の量が増え吸引も30分毎行っていた
20日娘達が義母に会いに行った日は
一瞬だけ喜びの顔に変わったがすぐ目を閉じてしまう状態で
血中酸素も90以下になり酸素マスクより更に高濃度のマスクに替えられた

その晩 人工呼吸器が付けられ再び救命センターに逆戻りをした
夫と駆けつけた時、義母は集中管理病棟(HCU)に移されていた

生身の状態で呼吸器の管が気管まで入ると咳き込んだり違和感が強い為
自動的に静脈へ麻酔薬が投入されていたので義母は本当に穏やかに寝ているように見えた

その姿で安心したのか夫が
「お袋が寝ているベッドはYUKIが1回目の手術の後運ばれた場所で
その一つ向こうの3つ目のベッドはYUKIが2回目の手術の後に居た場所だぞ」と言った
術後は殆ど意識がなかったので本人(私)は全く記憶にない事で・・・
1回目は9年前 2回目は5年前
よく覚えていたものだと感心したと同時に当時の夫の献身的な姿と今の義父が重なった

「心臓疾患(狭心症)もあるので夜間に連絡する場合もありえる」
一瞬和んだ気持ちも帰り際の脳外科医の言葉で緊張に変わったが
それも言葉だけで終わった

翌日から状態も良く酸素量も少しずつ下げほぼ自力呼吸が出来るようなり
この調子だと23日には呼吸器が外されると言われたが延期になった
(血中酸素量 血圧状態は良いのだけれど痰の量がまた増え始めた為)

24日の夕方、義母は救命センターの個室に移された
夫の話では状態に変化はないが何かの感染云々と言っていたがよく分からない
25日昼の面会時に脳外科医から話があるから頼むと言われた

所がその日は急なオペが入ってしまい事情は看護師から聞いた

一昨日の痰検査結果で
義母はMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染していることが分かった
センターには義母より重症患者が居るわけで
その人たちに感染しないよう隔離されたと知った

入院して16日目
かなり体の硬直も出てきているので限られた面会時間中
義父と二人で手足のマッサージとリハビリをしている
管が入っているので義母は口を動かすけれど声にならない

今まで嚥下テストに合格するのが目標だったけれど2つ目標を下げ
先ずは人工呼吸器が外される事!
よく喋るなぁなんてもう思わないから母の声が聞きたい
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by r-petal | 2010-11-26 17:07
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